テレビでご覧になった方もいるかもしれませんが、私は直木賞の授賞式会場(帝国ホテル)に、人力車で行きました。これは、授賞式を盛り上げたい一心でやったことです。

 繰り返しになりますが、私には直木賞への強い憧れがありました。そこには、子供の頃に、直木賞がテレビや新聞で大々的に取り上げられるのを見ていたということもあります。芥川賞・直木賞は今も権威ある賞には違いありませんが、昔はもっと注目されていました。ある種、国民的行事みたいなところがあったんです。

 選考会の会場になっている料亭(築地の新喜楽)の前にマスコミが集まり、選考委員の先生に「どうですか」と質問して、聞かれたほうは「いや、まだわからないよ」「だめだよ、答えられないよ」などと応じたりしていました。

直木賞の受賞の瞬間が
初めてテレビで生放送された

 そのような盛り上がりに比べ、注目度は年々下がってきている気がします。2004年に始まった本屋大賞などによって、注目が分散されていることもあるかもしれませんが、それより、直木賞の「地力」が落ちてきているというのが実態に近いかもしれません。

 子供の頃から憧れていた賞が、だんだん元気がなくなっている。そんなさびしさもあって、盛り上げたい、おもろいことをやりたいと考えた末の人力車でした。

 私が受賞したのは第166回だったのですが、人力車を選んだのは、166回の歴史で誰も使ったことのない交通手段で会場に行きたいという狙いもありました。最初は自転車で行こうと思ったんです。でも、調べたら、山本一力先生(第126回受賞)がすでに自転車で行かれていました。

 ちなみに、私は第160回、第163回でも直木賞の候補になっており、人力車を思いついたのは第163回の時で、その時も人力車を呼んでいました。第163回は選考が長引いたんです。人力車の料金は拘束時間で決まるから、選考が長引けば長引くほど、値段がどんどん、どんどん上がっていく。頼むから早く決まってくれと、ひたすら念じていましたね。

 そういうわけで、もうやめよう、もし次があったとしても人力車はやめようと思いました。ところが、結果が出て、受賞ならずということになった時、車夫さんから「いつか今村先生を、帝国ホテルまでお連れいたします」なんて言われてしまって、これはもう断れんなと覚悟を決めました。