書店業界であっても
商売の論理は必然
「町の書店vs.大手チェーン書店」という構図は、もはや時代遅れだと私は認識しています。大手チェーン書店にはスケールメリットはありますが、大手だから背負わなければならない苦しさもある。ですから、大手チェーン書店か独立系書店か、はたまた中規模書店か、という区別で線を引くことにはあまり意味がない。
大手チェーン書店の「スケールメリット」のひとつが、取次(編集部注/出版社と書店の間に入り、書籍や雑誌の流通を担う専門の卸売業者)相手の帳合条件(仕入れ条件)です。小規模な書店と比較して、大手チェーン書店は粗利率を有利な数字に設定してもらえることが多い。また、仕入額や販売実績に応じて、出版社や取次から支払われる報奨金も、優遇されがちです。
業界人のなかには、「紀伊國屋書店と町の書店で条件が違う。平準化しろ」などと無茶な主張をする向きもあるようですが、私はそうした意見には賛同しません。たくさん仕入れてくれる相手に好条件を提示するのは、商売の論理では当たり前のことです。他業界の人からすれば当然のこと。それが不満なら、できるだけ有利な立場に回れるように努力するしかありません。
その「有利な側」にいるはずの大手チェーン書店ですら、現状は相当に厳しい。そこに、この業界が置かれている状況の深刻さが表れています。値引き販売もできなければ、自社製品の開発もできない書店は、自助努力できる範囲が他業種と比較して少ないのです。
書店が本を出版する
「原点回帰」の営み
ただ近年は、独立系書店のなかに自社で書籍を制作して自店舗で販売するところも出てきているようです。いわば、書店が出版社も兼ねているということですね。これはある意味、出版という営みの「原点回帰」とも呼ぶべき動きです。
『書店を守れ!』(今村翔吾、祥伝社新書)
ヨーロッパでも、日本でも、出版社(出版者)はもともと、制作と販売の双方を手がけていることが多かった。2025年の大河ドラマ「べらぼう──蔦重栄華乃夢噺」でも、主人公の蔦屋重三郎が自分で作った本を自分で売るために奔走する姿が描かれていました。このような温故知新の活動に取り組み、かつそれをある程度成功させている独立系書店であれば、これからも生き残っていく可能性は高いだろうと思います。
作家として、書店経営者として、共に手を携えてやっていきたいと思うのはどんな書店かということを考えた時、私は「大手チェーン」「独立系」といった看板で相手を見ることはしません。そうではなく、「自分たちなりに、本気でこの状況と向き合おうとしている書店」こそが、私が応援したい書店です。
厳しい条件のなかで、それでもなお踏ん張ろうとしている書店はどこなのか。そこを見きわめながら、どうすれば生き残れるかを一緒に考えていきたい。それが、私にとっての「書店を守る」ということです。







