ところが、何が自分の仕事にとっての「成果」になるのか、よく分かっていない職員がいました。自分の仕事の相手が誰なのかを、明確に捉えていなかったからです。

 たとえば、高齢者向けのリーフレットを作成したのに、それを通勤者向けの駅構内ラックに置いているようなケースもありました。

 届ける相手のことを本当に考えていれば、その配置で高齢者の目に触れるのか、配布場所としてより適切なのは福祉会館や医療機関、あるいは地域の集会所ではないか、などと考えているはずです。

 また、そのリーフレットの文字が非常に小さかったのです。これで本当に高齢者の方に読んでいただけているのか。答えは「ノー」です。就任当初は、こうしたサービス・対応の精度の低さが随所に存在していました。

 相手が誰なのか、目的が何なのかを明確に意識しないまま進められる業務は、時間と労力の浪費です。現在では自分の仕事における「成果」とは何かを見極め、それに向けて行動している職員が主流となりました。

 しかし、当時の市役所では多くの職員が、「自分の仕事は成果につながっているか」「ひょっとしたら無駄になっているかもしれない」と疑う視点を持っていなかったように思います。

「成果は出なかったが、やるべきことはやりました」と言われても、民間企業であれば通用しないでしょう。費用ばかり嵩んで売り上げがなければ、倒産してしまうからです。

職員1人ひとりの成果が
評価に反映される仕組みを作る

 行政が税金で成り立つ組織だからこそ、成果の上がらない仕事が見過ごされてしまっているのです。この感覚は非常に危ういものです。そのため、業務1つひとつを精査し、精度を上げていく必要がありました。

 その実現に向けて必要なのが、職員1人ひとりの成果が評価に反映される仕組みです。就任当初は、「役所というものは、長く勤めていれば昇格していくのが当然」という認識が根強く残っていました。結果、優秀な人材が評価されず、組織の停滞につながっていたと考えます。

 そこで私は、客観的な人事評価制度を導入しました。評価制度の確立には、試行錯誤と改善を繰り返してきました。

 なんでも新しくやればいいというわけではないですが、新しいことにチャレンジすることを積極的に評価できるような仕組みを作ったり、努力を重ね、成果を出した職員には、限られた予算範囲で、ささやかなものですが、期末勤務手当に若干の上乗せをしています。

 一方で、業務遂行に明らかな困難を抱えている場合には、必要な研修を受けてもらいます。また、自主的に降格を希望できる制度も整備しました。親の介護や自身の体調・能力によって、自分の務めを果たせないと感じたときには職責を下げられるようにしたのです。

 たとえば、体調不良が続いていた職員がこの制度を利用し、自らの負担を軽減したことで、健康を回復したという例もあります。

 このようにして、能力や状態に応じた柔軟な対応を可能にしつつ、成果を重視する評価制度への転換を図っていきました。

 今では退職する部局長も3月31日夕刻まで大事な仕事の積み残しのないよう全力で働き、「大過なく職員生活を送ることを優先している」職員は、皆無となったのではないでしょうか。

「年功序列」の人事制度が過去のものとなり、年齢の若い上司や年上の部下があたりまえになることで職場に良い緊張感が生まれ、それが「市役所の空気」として定着したと考えています。