流通ルートには乗らない
「自船で釣り上げる」最高の一尾

 あるお客様は、ご自身のクルーザーで沖に出るのを趣味とされていて、そこで釣り上げるサバを、本当に大切な相手にだけ届けておられます。

 市場に出回る網漁のサバは、水揚げの際、大量の魚どうしがぶつかり合い、強いストレスを受けることで身が白濁・軟化する「身焼け」が起こることがあります。

 一方で、釣りの場合は、網漁のように大量の魚が密集して暴れることがありません。釣り上げた後もできるだけ魚に余計なストレスを与えず、船上ですぐに活け締めや血抜きを行うことで、身焼けのリスクを大きく抑えられます。

 原価は燃料代と餌代だけ。豊漁の日には、一尾当たり100円を切ることもあるそうです。それでもこのサバは、いかなる流通ルートにも乗りません。

 釣り上げたサバは、すぐに自宅へ持ち帰り、専属のシェフがアニサキスなど寄生虫の有無を入念に確認した上で、徹底した衛生管理のもとで捌きます。そうして整えられたサバは、刺身にしても、塩焼きにしても、流通のものとは全く別物です。脂のまわり方、身の弾力、味の立ち方が、別次元になります。

 受け取った相手は、ひと口含んで驚き、そしてこの一尾のために、わざわざ船を出してまで時間を費やしてくれた事実に、深く心を動かされます。贈り物の本当の中身は、魚ではなく、その方が割いてくださった時間のほうなのです。

何年もの時間をかけて
希少な一輪の薔薇を贈る

「時間の贈り物」には、もう一つの方向があります。

 それは、一日や一晩ではなく、何年もかけて熟成させたものを贈るということ。そのもっとも端的な例が、家伝の梅干しです。

 あるお客様は毎年6月になると、ご自宅の庭の梅を専属のシェフと漬けて、梅干しにしています。

 塩漬けにし、夏土用の頃に天日に干し、蔵の中で何年も静かに寝かせる。3年もの、5年もの、10年ものが、それぞれ年号入りのかめで眠っています。商業流通の梅干しで、この熟成期間を経たものは、ほとんど存在しません。

「あの方のお体を気遣って、5年ものを」――相手の年齢や体調に合わせて選び、お贈りになる。その一粒には、ご自身の何年もの時間そのものが入っています。