別のお客様は、薔薇に深い情熱を傾けておられます。専属の庭師と何年もかけて、イギリスの育種家が小規模にしか育てておらず、日本にはほぼ流通していない、銅色がかった淡いアプリコット色の希少な薔薇を、ご自宅の庭で咲かせるところまで持ってこられました。
日本の高温多湿の気候で咲かせるのは容易ではなく、土壌の配合、気温と湿度の管理に、長年の試行錯誤が必要だったそうです。大切な方を訪ねる際には、その朝に庭で選んだ一輪、あるいは小さな束をお持ちになります。世界中のどの花屋にも置いていない一輪、というわけです。
「手間」と「時間」は
お金で買えないからこそ価値がある
なぜ、原価100円の手土産が、10万円の高級品を超える感動を生むのか。
背景には、生物学と経済学の両分野で論じられてきた「コストリーシグナリング」という考え方があります。動物行動学者アモツ・ザハヴィに端を発し、経済学ではマイケル・スペンスがノーベル経済学賞を受けた、信号理論の中核をなす議論です。
要点は単純です。ある信号が信頼に足るのは、それを発するのに本物のコストがかかるからだ、ということです。
「お金はコスト」ではありますが、超富裕層にとってみれば、「ほぼ無コストで動かせる資源」です。10万円の桐箱を百貨店で注文するのに、痛みはほとんど伴いません。
だからこそ、その信号は「あなたを大切に思っている」ことの証としては、実は弱いのです。
ところが、ご自身のクルーザーを出して半日かけて釣り上げた一尾のサバや、何年もかけて漬けた梅干し、何年もかけて咲かせた一輪の薔薇は、いくらお金を積んでも代替できません。どれだけ資産を持っている富裕層であっても、時間は1日24時間という有限の枠の外には出られないからです。
だからこそ、そこから差し出される一品は、偽りようのない誠意の証になります。
言い換えれば、贈り物の本当の価値は、相手に届くまでに、贈り手の時間と手間がどれだけ注がれたかに比例します。
お金で買える時間はどこにもありません。だからこそ、贈り手自身が自分の時間を割いて差し出したものほど、相手の心に深く届くのです。







