ダイヤモンドで読み解く企業興亡史【サントリー編】#48

昨年、サントリーホールディングスで10年ぶりに創業家出身者がトップに就任する“大政奉還”があった。創業120年超の歴史を誇る日本屈指の同族企業、サントリーの足跡をダイヤモンドの厳選記事を基にひもといていく。連載『ダイヤモンドで読み解く企業興亡史【サントリー編】』の本稿では、「週刊ダイヤモンド」2001年5月26日号の記事「新社長 サントリー 佐治信忠 現場重視で3兆円企業目指す」を紹介する。01年3月、サントリーは佐治信忠氏が社長に昇格。4代目のトップに就任した。佐治氏は売上高を10年で2倍の3兆円に引き上げる構想をぶち上げた。記事では、父親の敬三氏譲りの佐治氏の思い切りの良さなどのエピソードを紹介。黒字化が見えてきたビール事業では販促費“青天井”の覚悟も示している。(ダイヤモンド編集部)

サントリー4代目社長に佐治信忠氏
「子は親を選べない」と開き直り

「粘り強さと短気なところはおやじ譲り」。佐治信忠・サントリー社長は自らの性格をこう評する。父親は元会長の故・敬三氏。ビール事業に参入するなど、強力なリーダーシップとカリスマ性で知られた。

 佐治氏も若い頃は“七光”のプレッシャーに悩まされたが、「子は親を選べない」と開き直り、自分なりの活路を見いだしてきた。

 佐治氏にとって大きな自信となったのは、35歳のときに、米ペプシコーラのボトラー会社、ペプコムを200億円で買収したことだ。「サントリーのグローバル化」が持論だった彼は買収を強く推し、敬三氏からその交渉を一任された。

 ニューヨークのホテルの一室で行われた買収交渉は条件がなかなか折り合わず、終わったときは時計の針が夜中の1時を回っていた。日本ではほとんど知られていない会社だけに、社内外には「高い買い物」とやゆする声もあったが、今では1200億円の売り上げを稼ぐ、高収益会社になっている。

 その後、佐治氏は営業畑を歩くが、思い切りの良さで父親に引けを取らないところを社内外に見せつけた。

「週刊ダイヤモンド」2001年5月26日号「週刊ダイヤモンド」2001年5月26日号