「今月は100%達成がかかっている。返品処理を来月へ回してくれないか」

 今なら問題のある話だとすぐにわかる。しかし、当時の私は新入社員だった。毎日、製造現場の苦労を目の当たりにしていた。

 納期を守るために残業する人。品質向上のために知恵を絞る人。目標達成のため必死に働く人。

 その姿を見ていた私は、「何とか達成させてあげたい」と思ったのだ。

 そこで営業部門にも協力をお願いし、返品処理を翌月へずらしたことがあった。

 当時の私は、それが会社のためになると本気で考えていた。

「そんな士気はニセモノや!」
稲盛社長に烈火のごとく叱られた

 後日、同期とのコンパで稲盛和夫社長(当時)と話をする機会があった。私はその出来事を悪気なく、報告した。

 製造部門の努力を支えた話として伝えたのである。正直に言えば、少し褒められるかもしれないと思っていた。ところが、返ってきたのは、予想もしない言葉だった。

「そんな士気は“ニセモノ”や!」

「お前は、ニセモノの士気で俺に仕事をさせるのか」

「真の士気は、正しいことを真正面から受け止めて、その上で高めるもんや」

 と、烈火のごとく叱られた。

 私は言葉を失った。

 現場を助けたつもりだった。皆のためになると思っていた。しかし稲盛さんは、まったく違う角度からこの問題を見ていたのである。

新入社員の私と稲盛さんにあった
「決定的な違い」とは?

 今振り返ると、不思議に思う方もいるかもしれない。

「なぜそんなことをしたのか」

「なぜおかしいと気付かなかったのか」

 しかし当時の私は、本当に会社のためになると思っていた。なぜなら、私の目の前には必死に頑張る現場の人たちがいたからだ。

 毎月の目標達成に向けて努力している。品質向上のために知恵を絞っている。夜遅くまで残って仕事をしている。

 私はそうした姿を毎日見ていた。

 だからこそ、

「今回だけなら」

「少し処理をずらすだけなら」

「皆の努力が報われるなら」

 と思ってしまった。