偽物は2種類いる

 その結果、まじめに働く人ほど不利になることがあります。本当に働いている人は忙しく、自分の成果を飾り立てる時間がない。逆に、中身が薄い人ほど、仕事を語る時間がある。ただし、自己演出をすべて否定すべきというわけではありません。

 最初は背伸びでも、機会を得て本物になっていく人がいるからです。現場に入り、人に話を聞き、恥をかき、失敗しながら中身を作っていく。こういう人は、単なる偽物ではありません。

 悪い偽物は、機会を得ても中身を作らない。「本物化」する偽物は、機会を得たあと、せっせと中身を作る。時間がたつと差が出ます。「本物化」していく人は、言葉が具体的になり、失敗談が増え、他者の貢献を語れるようになる。「本物化」しない偽物は、抽象語が多く、成功事例ばかり語り、責任範囲をあいまいにする。

 問題は、最初に偽物だったかどうかではありません。「偽物性」を踏み台にして実体へ向かったのか。「偽物性」を商売道具にし続けたのか。そこが分かれ目です。

AI社会で何が起きるか

 そして今、私たちはAI社会の入口に立っています。

 AIは、文章を書き、資料を整え、情報を集め、議論の骨格を作るようになりました。まだ多くの人はAIを「便利な道具」として見ていますが、AIが変えるのは作業効率だけではありません。

 AIは、「知っていること」「語れること」「それらしく見せること」の価値を大きく変えていきます。第一段階では、むしろ偽物が増えるでしょう。誰でも整った文章を書ける。誰でも企画書を作れる。誰でも“それらしい語り”ができる。偽物が本物っぽく見えるコストが下がるからです。

 しかし第2段階では、偽物は残りにくくなる。AIは言葉を飾る道具であると同時に、言葉と実体の差を検証する道具でもあるからです。

 過去の発言、数字、実績、関係者の評価、意思決定の履歴。こうしたものがつながれば、「言っていること」と「やったこと」の差は隠しにくくなる。AI社会が進めば、結果的に「それっぽく話せること」の価値は下がります。誰でもそれっぽく話せるようになるからです。

 では、何が残るのか。何を問うか。何を選ぶか。何をやめるか。どこで責任を取るか。どこまで現実に触っているか。ここに「本物性」が宿ります。

 知識はAIが出す。文章はAIが整える。調査はAIが手伝う。

 だからこそ問われるのは、判断の質と、現実への接地度です。現実を見ている人。問いが深い人。責任を引き受ける人。AIを使って自分の思考を深められる人。そして、中身があり、その中身を社会へ接続できる人。