しかし、より大規模で信頼性の高い遺伝学研究の積み重ねによって、そうしたハードルは低くなっていった。これらの研究が一貫して示したのは、知能テストのスコアの個人差の半分が遺伝的差異で説明づけられることだった。この50%という遺伝率には、じつのところ、驚きの発見が隠れている。年齢が上がるにつれて、遺伝率が変化するという発見だ。
ソ連が信じ込んだ
「人を作るのは環境だけ」
1983年、私はアメリカの代表団の一員としてソ連を訪問した。代表団はソ連のデイケア・センター(そのデイケア・センターをソ連は当然のことながら誇りにしていた)に通う子どもたちの発達を調査するために招待されていた。私たちを惹きつけたのは、欧米人がめったに目にすることのできないソ連の各所に行けることだった。
それにしても、なぜ自分が招待されたのか、私にはわからなかった。当時の私の研究は、幼少期における遺伝的影響を示していたのだが、ソ連では、重要なのは環境だけだと考えられており、遺伝という概念そのものが、政治的に不適切だったからだ。
しかしやがて、子どもに限定すれば、遺伝という概念がソ連で受け容れられていることを知った。
ソ連の幼少期共同集中ケアプログラムの土台となる概念は、子どものもつ動物としての性質(そこには遺伝的素質も含まれる)を消し去り、共産主義社会に適合するように子どもを変えることだったからだ。
こうした背景もあって、発達の初期に遺伝的影響が存在することを私たちが示しても、その結果は受け容れられた。その影響は成長とともに重要ではなくなると考えられていたからだ。
しかし、幼少期を過ぎると遺伝の影響が消えてなくなるとするソ連の仮説を支持する証拠はひとつもなかった(注6)。むしろ、当時の研究はそれとは正反対の結果を示しはじめていた。年齢が上がるにつれて、DNAの影響はますます強くなっていくことがわかったのだ。







