12の人格は、何を根拠に切り込む?
AI役員が持つ12の人格を、どのようにつくり上げたのか。土台になるのは、同社が役員に求める能力をまとめた「スキルマトリックス」だ。これに沿って、マーケティングやデジタル、さらには社内にはいないタイプの経営経験者まで、多様な顔ぶれをそろえた。そこに10年分の取締役会の議事録や逐語録を学ばせ、キリン独自の文脈を理解させる。さらに社外の最新動向やデータを重ね、それぞれの視点に厚みを持たせている。
「意見」ではなく「論点」にしたのには、理由がある。意見だと、その意見が正しいか間違っているかの議論に傾きやすい。だが論点なら、議論そのものを深めるきっかけになる。しかも、その論点を提示した理由と背景も添えられるから、要点をつかみやすい。
AI役員が提示した論点とその理由・背景 提供:キリンホールディングス 拡大画像表示
重要な論点は、およそ30秒ごとに会議室のモニターや参加者のパソコンへ映し出されるという。当初は、論点が次々と提示されて追いきれないという声もあった。そこで、気になったものを残せる「グッド・バッド」ボタンを設けた。押された評価も、AI役員の学習材料になる。
「めっちゃ怖い」AI役員との事前打ち合わせ
AI役員は、会議の前の「壁打ち相手」にもなる。起案者があらかじめプレゼン資料を読み込ませると、容赦ないツッコミを入れてくれる。過去に似たM&Aで失敗していれば、そのデータをもとに「このままではまた失敗するのでは」と突く。こうして弱いところを潰していき、会議本番はその鋭い問いへの答えから始めるという。
「起案者としては、めっちゃ怖いです。でもその分、本質に迫ったところから会議が始まるので、議論がぐっと深くなるんです」(木村さん)
「AIだからこそ、ここまで言える」と歓迎する役員も少なくない。だが、そのまま突きつけられれば傷つくこともあるだろう。それもまた人間というものだ。そのチューニングを引き受けたのが、デジタル部門出身の山﨑可南子さんだ。
「AI役員は壁打ち相手として、最初はかなり辛辣でした。でも事実ベースなんです。だから中身は変えず、伝え方だけを工夫しました。口調をやわらげ、まず良い点を認める。たとえば『ここは長期戦略に沿った、いい判断です』と。そのうえで、足りない観点を添える。良い評価も一緒に返すと、指摘が受け入れやすくなるんです」(山﨑さん)
キリンホールディングス 経営企画部 山﨑可南子さん Photo by M.S.
次の一手は、AI役員同士が議論する「仮想会議」
「AI役員」投入から1年。経営会議に新たな観点を持ち込み、視野を広げる発言は、約1.2倍に。中長期を見据えた議論は、約1.4倍に増えた。
次の一手は、12の人格に対話させる「仮想会議」だ。どんな検討を経てどんな選択肢にたどり着くのかを可視化することで、経営陣は検討すべき論点や判断の前提条件をより早くつかめる。導入は年内を予定しているという。
AI役員に反対されて、なお前へ進めるか
AI役員は、リーダーの成長機会を奪いはしないか。自ら多角的に考え、異なる観点を引き出すために問いを立てる――といったスキルが必要なくなってしまうのでは。そんな考えがよぎる。
しかし、木村さんはむしろ逆だという。「意思決定に至るまでに考えるべきポイントが、AIによってかなり広がります。むしろ成長機会につながると思っています」
しかも、AIの反対を覆すのは、そう簡単ではない。事実と過去のデータに裏打ちされた結論をひっくり返すのだから、生半可なロジックでは通らない。AIにツッコまれて、なお前へ進めるか。問われるのは、培ってきた経験と情熱だ。







