我々は富士山噴火に怯えながらも、心の底では「そこまで深刻なことにはならないだろ」とナメている部分もある。寛永噴火によって、関東まで火山灰が飛んできたという記録があっても、この災害によって幕府がひっくり返りそうになったとか、日本社会が深刻なダメージを受けたとかというところまでは、学校で教わっていないからだ。
ただ、その認識は誤りだ。寛永噴火があった時の日本の人口は約3000万人程度で、江戸でも100万人ほどだったと言われる。
現代日本に比べると、人口がそれほど密集していないのだ。そして、江戸は電気も通ってないし、電波も通ってないし、物流も整備されていない。つまり、火山灰で壊滅的になるインフラ自体が存在していない。人間も少ないし、弊害も少ないので、「除灰」にそこまで力を入れることはなかった。農地が火山灰でダメになるので、農家が土を掘り返す「天地返し」という作業を行ったくらいだ。
しかし、令和の我々はそうはいかない。首都圏だけでも約4500万人が暮らし、あらゆる生活が電気や電波で支配されている。火山灰のダメージを受ける人や社会システムが、江戸時代と比べ物にならないほど増えているということは、宝永噴火と比べ物にならないほど甚大な被害になるということだ。
そんな富士山噴火の被害総額について、国は過去の政府系資料で2兆5000億円だと試算している。噴火から始まる「火山灰との戦い」が何年も続くことを踏まえても、「だいぶナメてるな」と心配になるのは筆者だけだろうか。








