「自己防衛」か「人類救済」か
ティール氏の中で、これが矛盾として意識されないのはなぜか。その理由は、反アンチキリスト運動の出発点にあるのが、自分の地位と財産の防衛にあるからだろう。
ティール氏は格差社会アメリカの頂点にいる受益者である。現在起こっている格差是正運動や平等主義の広がり、国際的な連帯などのすべてが、結果として超富裕層の既得権益を揺るがす可能性がある。
ところが、ティール氏はこれを「グローバルな一元化」、つまり「人類を画一の管理に閉じ込めるアンチキリスト的な悪」と再定義してしまったのである。
ティール氏はアンチキリストという神学の概念を用いて、「格差解消運動」を「世界を画一化する全体主義」と批判することで、無意識に自己防衛しているのだとも考えられる。
死という最も根源的な恐怖
彼の思想を最深部まで掘り下げると、階級利益の防衛よりもさらに深い層に突き当たる。それが「死への恐怖」である。
ティール氏の長寿・不死への強い関心は、広く報じられてきた。老化を「治療すべき病」と捉え、延命技術への投資に積極的だ。彼にとって死は、受け入れるべき運命ではなく、克服すべき最大の敵なのである。
ここで彼の世界観は、一つの構造に貫かれていることがわかる。彼は個人の死への恐怖と、文明の停滞への恐怖を、同一の情動として体験している。「成長は終わった」「地球には限界がある」「人類は身の程をわきまえよ」といった、限界の受容を説く思想を、彼は人類を停滞と死へ導く敗北主義として憎む。
「人は必ず死ぬ」という有限性を受け入れよという思想こそが悪であり、その限界を突破すること、つまり「不死への意志」こそが善になる。
こうしたシリコンバレーの超富裕層たちが抱える「終末への焦燥感」と、対極の座標軸にいるのが投資会社バークシャー・ハサウェイ(以下、バークシャー社)を長年率いたウォーレン・バフェットである。







