Aさんは、自分の話を一切しませんでした。

 メンバー一人一人の頑張りを具体的に挙げ、「自分はむしろ足を引っ張った」とまで言うのです。事情を知らなければ信じてしまうほど、自然な語り口でした。自分の手柄ではなく、チームの手柄だ、と。

 役員たちは、それをしっかり見ていたのでしょう。Aさんはその後、役員に上がり、さらに出世していきました。

「出世する人」の共通イメージの一つに、「手柄を立てる人」があると思います。

 しかし、私が見てきた「役員に上がるくらい出世する人」は、手柄を立てません。

 正確にいうと、「自分の手柄としては、立てません」。

 部長や課長といった、役員手前の役職に上がるまでは、個人の手柄を立ててきたと思います。実際にそういう話を受付にいながら見聞きしてきました。

 しかし、役員候補とうわさされるような人が、ずっと自分の手柄だけを追いかけている印象はありませんでした。むしろ、Aさんのように、自分よりも部下やチーム全体の手柄になるように意識していた印象です。

「自分の手柄」は過去のものになります。一方、「チームの手柄を立てよう」とした中で得た信頼は積み重なり、次の手柄を生んでいく。役員にふさわしいのはどちらか、言うまでもありません。

カルチャーを体現できない人を
役員には選べない

 もう一つ、役員に上がる人に大切な共通点があります。それは、会社の「カルチャー(文化)」を体現できる人だということです。

 経営層は、成果と同じくらいカルチャーを大切にしています。

 課長や部長までは、成果を出せば昇進できます。一方で、役員には、カルチャーを率先して体現し、メンバーへ浸透させる役割まで求められるのです。

 私がいた会社に、同格の部長BさんとCさんがいました。部署の成績も、社歴も、年齢も、大きな差はありません。違ったのは、キャラクターでした。

 管掌役員の席は一つ。どちらが座るのかと、社内の注目が集まっていました。結論から言えば、昇進したのはCさんでした。