「マスコミがカメラをもってワゴン車を待ち構えていました。事前に検察が情報を流していたのだと思います。いくら説明しても聞く耳も持ってもらえませんでしたし、はじめからシナリオが決まっていたと悟りました」
「絶え間ないストロボの閃光でまぶしかったですが、顔を隠せば、うしろめたいことがあるのだろうと世間に思われてしまう。できるだけまっすぐ前を見つめていました」
検察主導の取調べは原則として録音・録画され、裁判では重要な証拠となる。数多くの刑事事件を手掛けていた江口さんは、取調べの冒頭で黙秘権の行使を表明した。
「不確かな記憶で言い間違いをすると、その発言がそのまま映像と音声で残り、公判で不利になってしまう。シナリオが決まっている以上、何を言ってもわかってもらえないのですから、黙秘するしかありませんでした」
「奥さん、子ども、一年もつかな」
長引く勾留に追い詰められていく
拘置所で江口さんはどんな“証拠”を突き付けられるのか身構えていたが、検察の取調べは想定外の方向へと進んでいった。
「検察は長野の実家まで家宅捜査し、両親を取り調べ、さらに私の中学校の通知表も『捜査関係事項照会』として取り寄せました。その通知表を読んだ検察官からは『あんまり数学とか理科とか、理系的なものが得意じゃなかったみたいですね』と告げられた。一体、私の中学時代の通信簿と事件になんの関係があるのでしょうか」
実家に捜索が入ったばかりでなく、両親に取調べを受けさせてしまい、親をどれほど傷つけてしまったことかと、江口さんは内心強く動揺していた。追い打ちをかけるように、検察官はこういった。
「黙秘している姿を見て、お父さんお母さんは何と思うだろうか。言い分があるのに黙っているなんて恥ずかしくないか。弁護士になるまで学費を出したのは、そんなことをさせるためではないでしょう」
検察官は「証拠は揃っている」「立証に問題ない」と繰り返す。それでも起訴か不起訴かの判断は先延ばしにされ、勾留は長引いた。







