今、日産自動車の存在感が薄れつつある。「売れ筋のクルマがない」「赤字になって社員をリストラし、工場も閉鎖する」「かつて経営トップだったカルロス・ゴーン氏が逮捕された」……といったネガティブなイメージが世間に広まり、クルマにそれほど関心のない一般の人だけではなく、クルマ好きな人や日産ファンの一部までが他社のクルマに目を向けるようになっている。

 なぜ、日産自動車はこんな事態を招いてしまったのだろうか。

 その理由は、現在世界で最も業績が好調な自動車メーカーであるトヨタ自動車の視点で見ると浮かび上がってくる。

経営危機の真因 何が日産を駄目にしたのか

日産自動車の本社日産自動車の本社。横浜市にあり、「日産グローバル本社」と呼ばれる。2009年に東京・銀座から移転した。2025年11月に約970億円で売却し、「セール・アンド・リースバック」契約を締結。賃貸の形で20年間、本社として使用し続ける(筆者撮影)

 まず、2011年度以降、日産自動車は販売台数を追い求め過ぎた。拡大路線に走ったのだ。成長を見込める新興国で販売台数を稼ぐべく、新興国の生産拠点に資金を過度につぎ込んだ。半面、新型車の開発への投資を軽視した。

 その結果、「世界的に見て、これは売れるなと思えるクルマがほぼなくなった。フルモデルチェンジまでの期間が長い、いわゆる車齢の長いクルマばかりで特徴に欠ける」と、トヨタ自動車の技術者出身で現在はA&Mコンサルト代表取締役社長/経営コンサルタントとして様々な企業を指導する中山聡史氏は見る。

 この点について、2005年から2013年まで日産自動車最高執行責任者(COO)を務めていた志賀俊之氏も次のように反省の弁を述べている。

「今の苦境に陥るきっかけは営業利益率8%と世界シェア8%を高らかに宣言した2011年度からの中期経営計画『日産パワー88』でした。2016年の世界全需(全需要)を9000万台と見込み、720万台の生産体制を見据えて工場をいっぱい造ってしまった」