稼ぎ方も「移動単位」から「日常接点単位」へ
こうした戦略転換に伴って、JR東日本の稼ぎ方そのものも変わっていくでしょう。
従来の鉄道会社の稼ぎ方は、基本的には1回の移動から運賃を得ること。すなわち、「どこからどこまで乗ったのか。その運賃はいくらか」という、「移動」単位を中心に成り立ってきました。
しかし、JR東日本が今後見据えているのは、移動そのものから得られる収益だけではありません。エキナカや駅ビルにとどまらず、移動を起点に生まれる顧客接点を、日常の中へ広げていくことです。
もちろん、鉄道で人を集め、沿線の商業や不動産で収益化する発想自体は、決して新しいものではありません。阪急の創業者である小林一三は、沿線に住宅地を開発し、ターミナルに百貨店を置き、宝塚歌劇などの娯楽を育てることで、鉄道利用と生活消費を一体で設計しました。JR東日本の駅まち一体開発も、大きく見ればこの延長線上にあります。
ただし、現状と異なるのは、顧客を「沿線住民」という集団ではなく、移動、購買、決済、ポイント利用を重ねる「一人ひとりの顧客」として捉え直している点です。
同社は、決済、ポイント、アプリなどを通じて、移動、購買、情報接点を結びつけようとしています。こうなると、JR東日本と顧客との関係は、改札を通る瞬間や駅周辺での消費だけでなく、日常の生活行動の中にも広がっていきます。
この稼ぎ方の転換を考えるうえで重要になるのが、「LTV(顧客生涯価値)」です。LTVとは、一人の顧客が製品やサービスの利用を始めてから離脱するまでの期間全体を通じて、企業にもたらす価値の総計のことを言います。
(GLOBIS学び放題 『LTV(顧客生涯価値)~顧客に選ばれ続け、長期の関係をつくる~』) https://globis.jp/courses/4287b417/
成長市場では新しい顧客をどれだけ獲得できるかが重要になります。一方で、成熟市場ではすでに接点のある顧客にどれだけ多く、長く、深く利用してもらえるかが問われます。
鉄道市場も、インバウンド需要による追い風はあるとはいえ、国内人口の増加で自然に伸びていく成長市場ではありません。だからこそ、1回ごとの運賃収入だけを見るのではなく、移動、購買、決済、ポイント利用などの接点を重ねることで、顧客との関係そのものを長期的な価値に変えていく必要があるのです。
このとき、鍵になるのが「Suica」です。
Suicaは現在、発行枚数が1億枚を超え、モバイルSuicaの発行枚数も4000万枚を超えています。改札の内側では移動を支え、改札の外側では決済手段として使われる。これほど日常的に生活へ入り込んだ顧客接点は、他の企業が簡単に持てるものではありません。
JR東日本は、Suicaを便利な交通系ICカードにとどめず、移動、購買、決済、ポイント利用を結びつけることで、顧客との関係を継続的に深めようとしています。
「2026年度末にSuicaのペンギンが卒業する」というニュースが話題になりましたが、この動きもSuicaを交通系ICカードにとどめず、より広い生活接点へ広げようとする流れと重ねて見ることができます。
つまり、JR東日本の稼ぎ方は、「乗ってもらうことで稼ぐ」モデルから、「移動を起点に、日常の接点を重ねることで稼ぐ」モデルへと変わろうとしているのです。







