いい時に傲慢になれば、すぐに失敗する。だからこそ、うまくいっている時こそ細心の注意を払い、基本を全部確認しなければならないという。

 この発想は、失敗した部下への接し方と表裏一体だ。柳井氏は、自分自身の過去のやり方さえも常に疑い続けている。同じ方法を繰り返せば、会社はどんどんダメになる。成功体験にしがみつくことを、柳井氏は誰よりも警戒しているのである。

 組織運営においても、この容赦のなさは徹底している。部署ごとに人は自分の城を作りたがる。これは人間の習性だと柳井氏は言う。放っておけば、それぞれの部署が自分たちの利害だけを優先するようになる。柳井氏はこれを配置換えによって崩す。本人のためを思えばこそ、居心地の良い場所に居座らせない。それを「無情」と受け取る者もいるが、柳井氏に言わせれば、才能を潰さないための必然の手段にすぎない。

選手を成功させる
コーチの指導スタイルとは?

 この考え方は、単なる経営者の感覚論ではない。実際にスポーツ科学の分野でも、同様の結論を導いた研究が存在する。主にイギリスを拠点とするジェイミー・テイラー氏、マイケル・アシュフォード氏、デイブ・コリンズ氏による論文「タフ・ラブ(厳しさを伴う愛情)――心理的安全性の低い環境における、インパクトがあり、かつ思いやりのあるコーチング」は、2022年に学術誌『Sports』(10巻)に掲載された。

 この雑誌は査読制を採用しており、掲載にあたっては複数の学術編集者による審査を経ている。研究自体もエディンバラ大学の倫理委員会の承認を受け、対象者から正式な同意を得たうえで実施されており、信頼性の高い学術研究として位置づけられる。

 この研究は、イングランドのラグビープレミアリーグ下部組織(アカデミー)を経て代表入りを果たした選手7人と、同じ道を歩みながら契約を解除された選手8人を比較し、両者がコーチからどのような指導を受けてきたかを詳細に分析したものである。

 結果として明らかになったのは、両グループともにプロの環境には安心感がほとんど存在しなかったという事実だ。選考と契約という現実がつきまとう以上、失敗が許される場所などそもそも存在しない。

 しかし興味深いのは、この安心感の欠如そのものが問題だったのではないという点である。