むしろ、それに適切に対処できた選手にとっては、成長を後押しする要因になっていた。反対に、アカデミー時代など心理的安全性の高い環境に慣れていた選手ほど、プロの厳しさに適応できず苦しんでいたことも報告されている。

 そして、代表まで上り詰めた選手たちが口を揃(そろ)えて評価していたのが、研究の中で「タフ・ラブ」と名付けられた指導スタイルである。

好意的な評価ばかり受けていた選手は
成長が止まってしまった

 これは、高い基準を求め妥協を許さない厳しさと、選手個人への配慮や率直な対話という温かさを、同じコーチが同時に備えているという指導のあり方を指す。

 ある選手は、選考で外れた理由をコーチに尋ねた際、「相手の方が接触プレーで上回っている」とはっきり告げられ、自分の強みである展開力を磨くよう具体的な助言を受けたと振り返っている。

 この選手は、この種の率直なやり取りこそが自分の成長にとって決定的だったと述べている。

 逆に、当たり障りのない好意的な評価ばかりを受けていた選手は、実際には何も改善点を示されないまま、成長が止まってしまったと語っている。曖昧な優しさは、成長の機会を奪う。この結論は、柳井氏の指導哲学と驚くほど重なる。

「役割の明確さ」も
選手の成長に不可欠な要素

 同じ研究では、自分が組織の中でどう評価され、何を求められているのかという「役割の明確さ」も、選手の成長に不可欠な要素として繰り返し強調されている。自分の立ち位置が分からないまま放置された選手は方向感覚を失い、成長が止まった一方、何を改善すべきかを具体的に示された選手は、厳しい指摘であっても前向きに受け止め、次の行動につなげていた。

 これは、柳井氏が部下に対して行っている「事実を正確に伝える」という行為と、構造としてまったく同じである。厳しさそのものが問題なのではない。厳しさの中身が曖昧であることこそが、部下の成長を止めているのだ。

 ビジネスの現場でも同じことが起きているはずだ。部下を傷つけまいとする配慮が、結果として部下の成長を止めている。事実を正確に伝えないことは、優しさではなく、責任の放棄である。柳井氏の厳しさは、部下を追い詰めるためのものではない。部下に、自分自身の現実と正面から向き合わせるための、最も誠実なやり方なのだ。