さらにエグい、秀吉の情報操作
山崎の戦いに秀吉が遅刻したこと以上に、興味深いのが、山崎の戦いから数日~十数日後に、秀吉が各所に送った手紙の内容です。
これらの手紙を馬部氏が詳細に分析したところ、なんと、秀吉の驚くべき「工作」が浮かび上がってきたのです。
秀吉は、自分が天下分け目の大決戦に「遅刻した」というなんともバツの悪い事実を必死にごまかそうとしたばかりか、実際には山崎で全く戦っていなかったはずの側近・黒田官兵衛や、弟の羽柴小一郎の部隊についても、「あたかも最前線で激しく戦い、手柄を立てたかのように、嘘の実績を捏造」していたのです。
信長の仇討ちをすべて自分の手柄にし、今後の織田家内での主導権を握るために、秀吉は凄まじい「情報操作(プロパガンダ)」を行っていたわけなのです。自身が流した「信長生存」のフェイクニュースといい、戦いのあとの戦果捏造といい、秀吉の情報戦略のしたたかさ、そしてエグさには、脱帽するしかありません。
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』より (C)NHK
「豊臣兄弟!」では、小一郎(右、演:仲野太賀)と慶(左、演:吉岡里帆)の息子・与一郎が織田信孝の代わりに矢に当たって命を落とした顛末が描かれた (C)NHK
次ページの動画ではこの他、「山崎の戦いのことを、『天下分け目』『天王山の戦い』と言わなくなった」件などについて話しています。







