日本人のマナー論争に解決策は?
ドイツの高速鉄道が教えてくれること

 ところで私が小学生のころは、父親の職場では誰もがタバコを吸っていたし、ハラスメント発言は日常茶飯で、不潔な環境だった。車内で駅弁のゴミはみんな座席の下に置いて帰っていたし、床にツバやタンを平気で吐いていた。

 よく時代を経るごとに日本が悪くなるような言説を語る人がいるが、信じられない。日本は相当に良くなっていると思う。

 ただ、環境が良くなったからこそ、残る摩擦に生きづらさを感じる人がいるのもまた事実だろう。そこで、先述した日本人のマナー論争・二大争点に対して提案がある。

 まず、騒音や飲食といった「空間への期待値のズレ」を解消するための「制度的なゾーニング」だ。

 私は平日と土日の区別なく仕事をしているタイプだ。そうすると新幹線や飛行機で、大声で騒ぐ子どもがいると気になるのは確かだ。子どもは騒ぐものと思っているので注意はしないが、静かに過ごしたい乗客と、会話を楽しみたい乗客が同じ空間にいれば、モラル任せでは必ず摩擦が起きる。

 ドイツに出張した際、ICEという高速鉄道には「静粛エリア」が明確に設定されていた。これは通話や大声での会話、匂いの強い飲食を控えることがルール化された空間だ。

 日本はこれまで乗客全員の善意に頼り、全車両で一律に静寂と無臭を要求してきた。しかし、もう限界ではないか。あくまで倫理的な要請に過ぎないのだから、「静かなのを期待したのに騒がしかった」とイライラする人が出てくるのも当然だ。

 だったら、制度として空間を事前に切り分ければいい。個人のマナー論争にせず、最初から制度に預けてしまえばいい。

ルールで即座に相手を批判ではなく
見えない事情を想像してみよう

 ゾーニングなどの制度では割り切れない「残り1%の摩擦」については、「想像力」を働かせよう、と提案したい。

 私が思うに、実際の公共の空間では日々、99%の人が善意で手助けし合っている。にもかかわらず、ネット上では「ルールを守れ」「非常識だ」と1%のイレギュラーな事例に対して過剰なバッシングが起きる。それは、切り取られた表面的な情報だけで相手を断罪してしまうからだ。

 ひとつエピソードを語っておきたい。私の長男が保育園に通っていた10年くらい前、人から聞いた話だ。