ただ、誰かを笑われる側へ押し出さず、最も地位の高い本人が材料を提供するため、読み手は気兼ねなくしゃれに参加できる。ここに、この応援広告の行儀のよさがある。
社員をいじらず
他社をからかわない
近氏の応援広告で笑いの材料になっているのは、自分の名字と経歴と、すでに公言している「お金好きキャラ」である。社員をいじらず、他社もからかわない。社長という地位をいったん脇へ置いたように見せながら、財務にこだわる自分の専門性は手放していない。この加減が、単なる「偉くないふり」と違うところだ。
もちろん、「お金が大好き」という言葉は、いつ、どこで言っても歓迎されるものではない。巨大企業のトップが口にすれば、利益だけを見ているのか、という反発も起こりうる。業績が悪化したときや、社員、取引先へ負担を求める局面なら、同じ冗談が無神経に響く可能性もある。
今回は野球部の応援広告であり、最後まで自分をネタにして、金メダルと黒獅子旗への期待に着地させている。その場の選び方まで含めて成立した冗談なのである。
この短いコメントだけで、近氏がどんな経営をするのかは分からない。親しみやすい応援広告を書けることと、巨大企業を率いる能力は別の話だ。
ただ、少なくともこの応援広告については、経理出身という堅い経歴を隠さず、それを読者との接点に変える書き方がうまい。そもそも応援のための文章のようで、いつの間にか自分のPRの場に変えているのだから、まずはお見事ということだろうか。
署名は「トヨタ自動車株式会社 代表取締役社長 近 健太」
重い肩書のすぐ横で、カネ、キンと二つの音が転がっている。社長のメッセージとしては少々くだけすぎている、と感じる人もいるだろう。それでも都市対抗の応援広告としては、少なくとも社長就任の抱負を並べるより、ずっと記憶に残る。
読み終えた人の頭には、読み方を間違えようのない名前と、黒獅子旗を待つ新社長の姿が残る。それで、この応援広告の仕事は十分に果たされている。
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