重要なのは「何を問う価値があるか」の判断
何を問うかは人間の価値観に依存する
では、人間の仕事は本当になくなるのだろうか?私は、そうではないと思う。
なぜなら、「問い」にはいくつかの段階があるからだ。
遺伝子の場合についていえば次の通りだ。
まず、「この病気はどの遺伝子によって引き起こされるのか」という問いがある。その問いに対して、「ある特定の遺伝子が関係しているのではないか」という仮説が作られる。こうした問いや仮説は、AIが作れるようになるだろう。
しかし、その一段上には、「なぜこの病気を研究するのか」「数多くある研究課題の中で、なぜこの問題に資金と人材を投入するのか」という問いがある。
さらにその上には、「われわれはどのような社会を望んでいるのか」という問いがある。ここでは、単なる事実の発見ではなく、価値判断が必要になる。
その点から考えると、全ての仮説が人間にとって同じような重要性を持っているとは限らない。仮説として取り上げる価値があるか否かは、さまざまな条件に依存しており、その判断は究極的には人間の価値観に依存すると考えざるを得ない。
この問題は、経済問題では、特に重要だ。
例えば、「消費税減税の問題が、極めて重要だ」と指摘するだけでは十分でない。
なぜなら、消費税の減税の影響は、現在の年齢や所得などによって大きな差があり得るからだ。
だから、「なぜ消費税減税の問題が重要なのか」ということを、例えば将来の社会保障財源の枯渇という問題と関連付けて説明することが必要だ。
「重要」という判断には、必ず目的や価値観が入り込む。AIは、与えられた目的に沿って最適な答えを探すことはできる。しかし、その目的そのものをどう設定すべきかという問題は、それとは性質が違う。
われわれがこの変化に対応するためには、どの問題が本当に重要なのかを考える力を磨かなければならない。
重要なのはどの仮説を検証するかを決める能力
「いま考えるべき問題」を人間が選ぶ時代に
AIが一つの問題について何百、何千という仮説を瞬時に作れるのであれば、人間が一生かかっても考えきれないほどの可能性が提示される。
そうなったとき希少になるのは、答えではない。どの問題を追究するのか、どの仮説を検証するのか、限られた時間や資金をどこに使うのか、などを決める能力だ。
科学者の仕事も、「新しいアイデアを思いつく人」から、「何を検証する価値があるかを判断する人」へと変わっていく必要がある。
評論家や専門家についても同じことが言える。情報を知っていることや、既存の情報を説明できることは、次第に価値を失うだろう。それに代わって、「世の中で見落とされている問題は何か」「いま考えるべき問題は何か」を見つける能力が重要になるだろう。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)







