事故への対応をめぐるオール沖縄側の姿勢は、若者たちの目にどう映っただろうか。労組や地元紙が主導する従来の空間では見えにくかったこうした現実が、SNSによって可視化されたことは、若者世代の投票行動を考えるうえで無視できない。

 沖縄内では当然とされてきた「反基地」という枠づけが、SNSによって相対化され、疑われるようになった。つまり、沖縄政治の言論空間が沖縄の枠組みからはみ出るようになったのである。

 私はSNSを礼賛するつもりはない。今回の選挙戦でも、玉城氏になりすました偽メールや、事実に反する動画が投票直前に飛び交った。SNSはアルゴリズムによるエコーチェンバーや、切り抜き動画などにいきすぎた表現があったのは事実だ。

 だが、SNSが同時に革新派の「動員」という武器を相対化し、これまでとは異なる情報に接する一つの契機となった可能性もある。既存の組織やメディアだけに頼らず、自ら情報を集める若者が増えたのだとしたら、そこでSNSが果たした役割は大きなものだった。

「SNSで民意が歪められた」?露呈した世代間の認識ギャップ

 その意味で示唆的だったのが、敗れた側の反応である。玉城氏は落選が確実となった夜、結果を民意として受け止めると述べる一方で、誹謗中傷やデマがSNS上で野放しになり、有権者の選択が歪められたと語り、国にSNS対策と教育を求めた。

 陣営は一部について刑事告訴の準備を進めるという。

 中傷やなりすましは卑劣な行為であり、それを問題視し法的措置を検討すること自体は正当である。だが、敗因の分析においてSNSの影響をどこまで重く見るべきかは、慎重に考える必要がある。それでは「当選すれば民意、落選すればSNS」と受け取られかねず、これまで沖縄を停滞させてきた「外に原因を求める思考」そのものだからだ。

 また、玉城陣営の側も選挙戦で「裏取引」「琉球処分」といった強い言葉を発信していた。相手側の発信だけを問題視するのであれば、二重基準のそしりは免れない。

 私がここに見るのは、「オール沖縄」や「動員」という圧倒的な装置で選挙を優位に展開してきた革新派がもつ、うまく言語化できない喪失感や焦りだ。「有権者の選択が歪められた」という言葉は、裏返せば、「かつては私たちが選択を枠づけできた」という前提があるのではないか。