これまで本土の新聞やテレビや政界には、沖縄を「基地か経済か」という二項対立で捉える傾向がありました。しかし、実際に沖縄で生活している人々にとって、この二つは二者択一ではありません。
所得を上げてほしい、物価高を何とかしてほしい、雇用を増やしてほしい。同時に、基地負担も軽減してほしい。地位協定も改定してほしい。それは何ら矛盾しません。
今回の選挙では、玉城県政が訴えてきた経済政策の成果と、若い世代の日常生活の実感との間に乖離(かいり)があった可能性も考える必要があります。出口調査では「経済の活性化」を重視した人の78.7%が古謝氏に投票しています。したがって、基地問題だけではなく、「自分たちの生活を誰が改善してくれるのか」という判断が非常に大きかったと見るべきです。
私はここに、今回の玉城氏の大敗を考える上で重要なポイントがあると思います。
玉城氏が大敗した
本当の理由とは
玉城氏はこれまで、辺野古移設への反対をはじめ、沖縄の基地負担を訴える政治家として強い象徴性を持ってきました。沖縄県知事には、福祉や教育、産業振興を担う行政のトップというだけでなく、「沖縄の意思を代表する人物」という役割も期待されます。
しかし、その象徴性は一度得れば永遠に続くものではありません。基地問題について強い言葉を発するだけで、政治的な求心力を維持できるわけではないのです。物価、賃金、所得、雇用、医療、教育、子育てといった生活の問題に応えられなければ、「この人が自分たちを代表している」という感覚そのものが弱くなっていきます。
今回起きたことは、沖縄県民が基地問題を捨てたというよりも、県民が政治に求めるものが複雑になり、それを玉城氏が十分に束ねきれなくなったということではないでしょうか。
基地問題にも関心がある。経済も改善してほしい。中央政府との関係も必要以上に悪化させたくない。しかし、沖縄だけに基地負担が集中する現状には不満がある。日米地位協定も変えてほしい。若い世代を含む沖縄県民の要求は、こうした複数の要素から成り立っています。
その複雑な要求を、今回の選挙では古謝氏の方が有効に束ねることができた。私はそのように見るべきだと思います。
沖縄の基地問題は
日常生活に直結した問題
若い世代が玉城氏から離れたことを、「保守化した」と一言で片づけるのも適切ではありません。
例えば、辺野古移設を現実として受け入れることと、日米地位協定の抜本改定を求めることは両立します。自衛隊による南西諸島防衛の必要性を認めながら、沖縄だけに過大な基地負担を集中させることには反対するという立場もあり得ます。







