この後に経済学者の議論や労働政策における政策論ではいささか能天気なOJT万能論が支配的になっていくのですが、それは実は原理的にOff-JTよりもOJTが優れているからという根拠に基づいてではなく、企業が置かれた状況下でやむをえず採らざるをえなかったものであるということは、歴史的事実として記憶しておくに値します。

 ところがそれが、石油危機を見事に乗り切った日本経済のダイナミズムの象徴として賞賛されるようになり、とりわけこの頃から労働経済学界隈で急速に流行し始めていった内部労働市場論との相性の良さから、あたかも日本経済の強さの原因であるかの如く論じられるようになっていきます。

 見よう見まねのOJTに対して否定的評価が一般的であった1960年代から一転して、OJTは決して見よう見まねではなく、むしろそれこそがあるべき教育訓練の代表格であるかの如き言説が世を覆うようになっていったのです。

OJTが日本企業の強み
として絶賛された時代

 1970年代後半から1990年代前半までの企業主義の時代に流行した内部労働市場志向の労働経済学理論の代表格が小池和男の知的熟練論です。

 1981年に刊行された『日本の熟練』(有斐閣選書、1981年)では、冒頭で日本を「超先進国」と礼賛し、とりわけその「めざましい人材形成」を褒め上げています。同書によれば、「今日熟練形成の主要な途は、学校、職業訓練所、徒弟制ではなく、はたまた企業内で教育訓練と銘打って行なう訓練コースでもなく、断然OJT(on-the-job-training)、つまり仕事につきながらの訓練」なのです。

 それゆえ「どの仕事に配置されるかが、熟練形成のきめ手」となり、さらに「ある仕事を行なうことが、その仕事に対してだけでなく、関連する他の仕事への訓練ともなるとき、OJTは最も効率的になる」のです。小池はこれを「幅広い熟練」と呼び、これこそが欧米のブルーカラーと異なり、日本のブルーカラーが仕事のやり方を現場で工夫していく根拠であると説くのです。