1991年に刊行された『仕事の経済学』(東洋経済新報社、1991年)では、日本の現場労働者がふだんと違った作業や異常への対応ができる点で欧米の労働者と異なると論じ、それを分離方式に対する統合方式と呼び、そうした知的熟練を生み出す上で中核的な方法こそOJTであると説きます。同書は、「かつて養成工のOff-JTは3~4年とながかったが、すでに姿をけした」と述べ、「大半の生産労働者は技能をもたずに、職場に配置される。職場でのOJT、つまり実務訓練こそが技能形成の主役なのである」と言うのです。
この思想は、世間の流行が外部労働市場志向へ、オフィシャルなOff-JTへと移行しつつあった1997年に刊行された『日本企業の人材形成』(中公新書、1997年)でも全く変わらず、「この本の特色は、巷の大合唱とはまったく反対に、実務訓練に光を当てることにある」「ひとたびOJTに注目すれば、日本の人材開発方式のもっとも重要な特徴、長期の人材開発という特徴が明らかになる」と、その優秀性を説いてやみません。
この時期、彼の知的熟練論は労働経済学者だけではなく、政策担当者の間でも流行し、日本の職業能力開発政策に大きな影響を及ぼしていきました。
仕事への「心構え」まで
OJTで教えていた?
このように、政策担当者や労働経済学者が前代とは打って変わって熟練形成の特効薬としてOJTを礼賛するようになっていったこの時期、企業現場におけるOJTは実際のところどのように行われていたのでしょうか。
当時の代表的なOJT指南書である土井正己『OJTの進め方』(日本経営者団体連盟弘報部、1972年)を読むと、職業能力の開発向上という観点とはいささか異なった様相が浮かび上がってきます。同書では、後半の具体的な手法の部分について、「8、仕事の方法・手順のOJT」、「9、知識増大のためのOJT」の前に、「6、職業意識啓発のためのOJT」、「7、企業意識啓発のためのOJT」が縷々述べられているのです。







