ただし、使い方を誤ると
「破滅の道」へ

 同じ「あいつに負けたくない」でも、自分が成長しようとするのか、相手の足を引っ張ろうとするのかでは、努力の方向がまったく違います。

 必要な情報をわざと渡さない、会議で恥をかかせる、あいつはミスが多いと悪い噂を流す、手柄を横取りする。ギャフンと言わせたい一心で、こうした行動にエネルギーを注ぐ人がいますが、これは最悪です。

 理由は倫理的な問題を別にしても、2つあります。1つは、自分の評価が下がることです。

 人事評価は数字として表れる業績だけでなく、誰かを助けているか、チームのために動いているかといった、上司がふだんから見ている「組織市民行動」に左右されるものです。他人の足を引っ張る人だという評判は、確実に自分の評価を損ないます。

 もう一つは、相手を引きずり下ろしたところで、自分は一ミリも成長せず、市場価値は何も変わらないことです。

 自分の力が8、ライバルが10だとします。ライバルを8に引きずり下ろすことに1年を使うくらいなら、自分が11になるために、その1年を使うほうが、よほど自分のためになります。 

 相手を下げようとする人は、自分が上がっていく姿を想像できないのかもしれません。始終誰かの悪口ばかり言っている人は、他人を下げることで、自分を高く見せようとします。しかし、それで自分自身が一歩でも上に行けるわけではありません。

 一方、復讐心を成長に使った人は、見える景色が変わります。

 隣の席のあいつに負けないために頑張ってきたのに、気づけば社内外で評価され、上には上がいる、世界はもっと広いと知る。比較の対象が同じ部署の同期から社外の一流の人たちへ、そして最後には過去の自分へと移っていくのです。

 そうなれば、復讐心から解放されます。実際、かつて目の敵にしていたライバルに、あいつがいたからここまで来られたと感謝するようになることすらあるのです。

 私自身、ライバル視している人がいて、負けまいと努力してきました。死ぬほど悔しい思いをしたことも何度もあります。それでも、相手の評価を下げることで、相対的に自分の評価を上げようと思ったことはありません。

 倫理的にも合理的にも問題があるのはもちろんですが、何より、それは決定的に「ダサい」ことだからです。黒い炎は自分を高めるために燃やしてこそ、極上の燃料となるのです。

※外発的動機付けが常に意欲を損なうわけではなく、活動の価値を本人が受け入れる「内在化」を通じて、自律的な動機付けになる場合もあることを示す下記の研究がある。
Gagné, M., & Deci, E. L. (2005). Self-determination theory and work motivation. Journal of Organizational Behavior, 26(4), 331–362. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/job.322
Deci, E. L., Eghrari, H., Patrick, B. C., & Leone, D. R. (1994). Facilitating internalization: The self-determination theory perspective. Journal of Personality, 62(1), 119–142. https://doi.org/10.1111/j.1467-6494.1994.tb00797.x
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