「課長、この小倉さん、かなり頻繁に投資信託を乗り換えていますが、介護施設に入居されている方ですよね?」

 そこまで言うと辺見課長の表情が一変した。

「キミは何を言っているんだ?異動してきたばかりの新入りが知ったような口を利くな。蒲田支店で問題ばかり起こしていたそうだな。だから飛ばされたんじゃないのかい?」

 私は黙った。正義感だけで生きていけるほど、証券会社は甘くない。

「わかりました」私がそう答えると、辺見課長は睨みつけながら部屋を出て行った。

 翌日、私は介護施設へ向かった。施設は郊外の静かな住宅地にあり、玄関を入ると消毒液の匂いが漂った。清潔感のあるフロアにはテレビの音が小さく流れ、車椅子の高齢者たちが思い思いにすごしていた。職員に案内され、小倉夫妻の部屋を訪ねると、小柄な老夫婦が並んで座っていた。

「〇〇証券の日野山と申します」旦那さんに名刺を差し出すが、反応が鈍い。

「証券会社の者です。小倉さんは投資信託をお持ちですよね?」

「投資……?」横で奥さんが首をかしげる。

「お金を預けている商品のことです」

「そうでしたか」

「〇〇証券の担当者の名前は覚えていらっしゃいますか?」

「投資……。誰だったかなあ」

 旦那さんは天井を見上げたまま考え込んだ。しばらく待つが答えは返ってきそうにない。奥さんも横で黙ったままだ。社内の面談記録には本人のサインが並んでいるが、この様子を見る限り、その意味を理解していたとは到底思えない。

高齢夫婦の面談結果を伝えると
上司は「会社をやめろ」と激怒した

 重い足取りで支店へ戻った。辺見課長の席に報告へ向かう。

「小倉夫妻と面談してきました」

「で、どうだった?」辺見課長は書類を見ながら、目を合わせずに言った。

「ダメです。取引内容も理解していません。小倉夫妻は認知症ではないかと思われます」

 辺見課長が顔をあげた。「キミは医者か?」

「いえ、しかし実際にお会いしてきた感想です」

「キミの感想など聞いていない。支店の方針に従えないならやめろ!」

 辺見課長の声が大きくなり、フロアの社員たちが一斉にこちらを見る。

「キミはバカか?蒲田で問題を起こして、ここでも問題を起こすのか?会社の方針に従えないなら人事に報告するぞ」

 罵倒され、怒りがこみ上げる。しかし、ここで怒ったら負けだ。

「キミみたいなやつはもう必要ない。クビにしてもらおう」

 頭の中で張り詰めていた糸が、音を立てて切れた。気づくと私は課長の机を蹴り上げていた。

 ドンッ!フロアに鈍い音が響き、机の上の書類が跳ね上がった。私より頭ひとつ小さい辺見課長に怯えた表情が浮かんだ。

『証券マンひりひり日記』書影『証券マンひりひり日記』(日野山 大、三五館シンシャ)

「け、警察を呼んでくれ!だ、誰か、警察を呼んでくれ!」

 フロアは騒然となった。

 誰かが実際に通報したらしい。十数分後に数名の警察官がフロアに入ってきた。支店長が別室に案内して対応した結果、事件性はないと判断されたらしく、ぞろぞろと帰っていった。

 警察官が帰ると、私は支店長室へ呼ばれた。

「明日ゆっくり話を聞くから、今日はもう帰りなさい」

 支店長は疲れ切った顔で言った。私はこの支店でもまた面倒なことを起こしてしまったのだと悟った。