私が考えるに、熊は鹿や猪とは違う種類の頭の良さを持っており、山中でも人間の通りそうなところをことごとく避けて行動しているようだ。動物が活発になる夜の時間帯、田舎道では鹿は毎日のように、猪も半年に1回くらい見るが、熊は未だ見たことがない。私の住む山域は鹿150頭に対し、猪3頭、熊1頭くらいの割合であろうが、それにしたって熊は賢く用心深いのだ。

 里と山の境界にはところどころ「熊出没注意!」の看板が掲げられていたりする。その昔、うっかり者の熊がそこらまで来て、里に向かって顔を覗かせたのかも知れない。しかし、その看板を目指して山に入ったとて、熊に出会えることはほぼ無い。基本的に、熊はもっと山奥にいるのだ。(余談だが、良いキノコがいっぱい採れる山の入り口に「熊出没注意!」の看板を立てる人がいると聞いたこともある)。

山で出会った熊に感じた
美しさと畏敬の念

 猟師になる前、師匠の家の本棚に『山でクマに会う方法』と書かれた本があり、世間一般の人々と同じように“熊=人間を襲う猛獣”と考えていた私は「はぇー!猟師ってのは命知らずで危ねぇ人たちなんだなぁ!」と、心底思った。今はその本を愛読している。

 私の猟法である単独忍びで熊を狙う猟師は、私の住む地域にはもうおらず、勉強の為にマタギやヒグマ撃ちの本を多く読んだ。数百年前の猟師は口伝でしか猟法を継承出来なかったのだから良い時代だ。

 熊は12月10日前後に冬眠する。「熊穴に入る」は冬の季語でもある。熊穴に入った熊を独りで狙うのはリスクが高く、その前に獲るほかない。師匠の教えは「毎日山に入れ。じゃねぇと獲れねぇ」。猟期は毎日山に入れるよう、仕事を入れていない。

 今まで、山で熊には3回遭遇したことがあった。青々とした森の中、黒光りする艶やかな毛を全身にまとい、こちらを黙って見つめるその姿は「神聖」と呼びたくなるほどに美しかった。山の木々は今、葉がかなり落ちた。銀杏の下は真っ黄色に、楓の下は真っ赤に染まっている。陽光差し込む綺麗な秋の山で、真っ黒な熊を獲るまで歩き続ける日々を、約ひと月送れることが楽しみで仕方ない。