この事例は、コンプライアンスがいかに本来目指されたものから逸脱してしまっているかを示している。会社で困った言動を受けたとき、上司や周りに相談していいはずだ。でも、それ自体が「コンプラ」に回収され、被害者ぶった行動だ、ことを荒立てたいのか、などと言われてしまう。「あぁ、あの人コンプラ系の人なんだね」と言わんばかりに。

 それでは解決すべき問題は、どう問題化すればいいのだろう。

コンプラ違反した者も
被害者も傷を負ってしまう

 この事例を冷静に検証するなら、まず、周りが過剰反応している点に注目できる。後輩女性からハラスメントめいた訴えが起きると(なお、当該女性がハラスメントだと騒いだという事実は一切ない)、ことの内容や是非を問わず、すぐに「出世に響く」だのといった話になる。なぜそうなるかというと、コンプライアンスについて次のような前提があるからである。

・コンプライアンス違反に対しては、被害者側の意思を問わず、重いペナルティが下ることが前提とされている。

・職場の困りごとをすべて「コンプライアンス」「ハラスメント」に回収させるような動きがみられる。何を問題とし、何を問題としないかが判然としない。

・コンプライアンス違反を訴えること自体への白眼視が存在する。

 これだけコンプラコンプラと言われながら、コンプライアンスとは何であるかは世の中でほとんど理解されておらず、にもかかわらずあまりにも強い力をもつがゆえに、冷笑や忌避感を生んでしまっている。なんだか、おかしな方向に進んでいるのではないだろうか。