女性はまた混乱してしまった。別に、罰してくれ、降格やら減給やら処分してくれ、と思ったわけじゃない。そもそも厳密には仕事に関係すらない。そういう言葉を他人に対して用いることをやめてほしい、と言いたかっただけだったのに。
同僚の一部は、呆れたような感じで言ってきたそうだ。「最近流行りのコンプラみたいなやつ?やめてほしいんだけど」
これは典型的かつ現代的な「コンプライアンス」の用法ではないだろうか。
この女性は「可哀想な私の話を聞いてくれ」とか愚痴りたいとかではなく、「自分がおかしいんじゃないか」という迷いをもったので、確かめたかったのだという。疑問をもたざるを得ないことが会社で起きて、とはいえコンプライアンスに反していると会社に問いたかったわけではないのに、コンプライアンスの問題として回収されてしまう。
また女性がZ世代であっただけに、周囲の同僚たちはこう思ったかもしれない。「まったく、最近の若いのは……」と。若者であるかどうかは関係ないのだが、問題の核心には近づかないまま、Z世代とかコンプライアンスという紋切り型の言葉で事態が解決したかのようにみなされてしまう。
女性が求めていたのは
先輩への処罰ではなかった
本件は、もちろん職場のハラスメント事案として扱うこともできるが、もはや「そういう問題」ですらないともいえる。件の女性が投げかけられた言葉はニュアンスとしては差別用語に近い。差別用語を他者に対して用いるな、というのは、職場のコンプライアンス違反というより学校教育や家庭教育で習うようなマナーの範疇だ。
残念ながら教育されないまま社会人になってしまった人はいるはずで、職場における再教育も場合によっては必要であるだろう。ただ改めて、コンプライアンスがどうこうという問題ですらない。「被害者」も決して、おおごとにすることや厳罰を望んではいない。
にもかかわらず、コンプライアンスを理由に騒いでいるというレッテルを貼られ、ややこしい人のように扱われる。こんな調子では、疑問を感じても沈黙するしかなくなる。







