エンタメで人は動かされる
80年前の日本が示す教訓

 わかりやすいのは1940年に公開されて大ヒットした映画「支那の夜」だ。

 日本を代表する人気俳優・長谷川一夫が船員を演じ、李香蘭こと山口淑子が抗日感情を抱く戦争孤児を演じた作品で、最初は日本に敵意を持っていた李香蘭が、日本人の善良さや日本の正しさを理解して、最終的には結ばれる(結末には複数の版による違いがある)という日中ラブロマンスだ。

 その実、エンタメの体裁で、日本の中国大陸への侵略・占領を正当化するように日本人を誘導するプロパガンダ作品でもある。

 大阪大学大学院人間科学研究科社会学専攻で博士(人間科学)を取得し、満洲映画協会と日本の大衆文化の関係を研究したワッツ・クレイガン氏は《「愛」のはけぐちとしての李香蘭 : 日本と大陸へ 「虹のかけ橋」を彩る夢の女王》 という論文の中で以下のように指摘している。

《李は「支那の夜」という映画で、長谷川一夫と組んで、「理想的」な植民地関係を演じて、スターとなった。映画の中で日本を代表する長谷川が、中国を代表する李を殴る。そのことによって、李は、長谷川の愛に目ざめる》

《殴られた李香蘭は、不自然にも、椅子に座っている長谷川の脚を抱き締め、わがままを許してとお願いする。結局、長谷川や彼の仲間を通して、日本人や日本国の善を信じて、抗日運動を裏切って、長谷川の命を救う。しかし最後に、長谷川の船はゲリラに攻撃されて、彼は死んでしまったとわかって、李香蘭は自殺をする》

 実は当時、似たような映画が複数作られている、とワッツ・クレイガン氏は指摘。つまり、日本に偏見を抱き、聞き分けのない中国人女性を、日本人男性が愛のムチによって目覚めさせるというストーリーであり、これはそのまま「日本軍の中国侵攻・駐留の正当化」のプロパガンダになっているというのだ。

 映画評論家の佐藤忠男氏も「このように中国人から慕われているから日本は中国を指導するのであり、それは侵略ではないという理屈になる」と述べている。

 1937年、第二次上海事変後、日本では国民的人気の宰相・近衛文麿首相が演説の中で「暴支膺懲」という言葉を用いて、一気に「悪い中国を懲らしめよう」という世論が高まった。

「愚かな女(中国)を誠実で聡明な男(日本)が愛のムチによって、真実の愛に目覚めさせる」という当時の鉄板ストーリーは、そういう時代のムードを反映したものであり、中国大陸進出をゴリ押しする軍部への批判を抑えるためのものであった。