原子力推進と核武装は別問題だが、北京は両者を同じ文脈で扱い、日本の防衛力強化を戦後秩序や核不拡散体制への挑戦として描いている。
日本が安全保障環境の厳しさを理由に防衛力を強化しようとする一方、中国はその動きを戦後秩序の正当性という枠組みで批判している。北京は日本の防衛政策を直接阻止できなくても、その政治的・外交的コストを高めようとしていると考えられる。
重要なのは、新版安保3文書が公表される前から、北京が批判の枠組みを用意していることだ。
仮に年末の改定で台湾有事への対応や中国の軍事的脅威が強調され、原子力潜水艦など新たな防衛能力の検討が盛り込まれれば、北京は「再軍事化」や「戦後国際秩序への挑戦」という従来の論理を使い、強く反発する可能性が高い。
そうなれば、たとえ11月のAPECで高市首相と習主席が握手していたとしても、わずか数週間後には日中関係が再び緊張する展開も考えられる。
中国の日本批判は
どの段階まで進むか
しかし、ここで見極めるべきは、中国の批判がどの段階まで進むかだ。
従来の「軍国主義」批判を繰り返すだけなら、既存の立場の延長である。改定後の安保3文書の具体的な記述を取り上げ、修正を要求するなら、日本の政策そのものへの圧力となる。さらに、その要求を1972年の共同声明や関係の「再正常化」と結びつければ、日中関係を改善するための条件が新たに加わることになる。
北京が安保3文書を、日本の「合格答案」を評価する新たな対象にするのか。そこに2027年の日中関係を占う重要な手がかりがある。
そしてもう一つ、APEC後の対話がこうした対立に耐えられるかどうかも問われる。
中国が強く批判しても、日中間の高官対話が続くなら、APECには対立を管理する外交上の意味があったと評価できる。逆に、安保3文書をめぐる対立によって高官間の接触が再び停滞するなら、APEC会談の成果は限定的だったことになる。
高市首相は頭を下げずに
習主席と会談できるのか
では、高市首相は頭を下げずに習主席と会談できるのか。
その可能性は残されている。北京にはAPECを成功させる外交上の動機があり、過去の対立を決着させずに対話を再開する方法もある。しかし、深センで握手が実現しても、それは北京が日本の「合格」を認めたことにはならない。
2027年は日中国交正常化55周年に当たる。北京は日本に「合格答案」を求めながら、何をもって「合格」とするのかを明らかにしていない。年末の安保3文書改定をめぐり、北京が従来の批判を繰り返すのか、それとも防衛政策の修正を「再正常化」の条件に加えるのか。そこに、北京の採点基準が見えてくる。
仮に深センで両首脳が握手しても、双方の立場の違いは残る。次の対立が生じたとき、北京は日本に新たな「答案」を求めるのか。それとも、双方は立場を変えずに対話を続けられるのか。
2027年の日中関係を占うのは、握手そのものではなく、その後の選択である。







