もう1つは政党のあり方である。このたびの選挙に際して大きな政党は実に情けなかった。事前に世論調査をして一番人気のありそうな人を推すことにした政党もあったと伝えられる。また、一旦ある人に決めようとしていたところ、別の人が名乗りをあげたのでそちらに乗り換えようかと右往左往した政党もあった。

 いずれも勝ち馬に乗りたい一心なのだろうが、これではまるで投機のようではないか。どの株を買っておけば儲かるかを考える。でも、前回それで失敗したはずだ。猪瀬氏が勝ちそうだからと、いくつかの政党は「品質管理」をしないまま猪瀬氏を推した。おかげで大勝した猪瀬都政の与党になったつもりがあの体たらくだったのだから、とんでもない株をつかまされたようなものだ。きっとこれで懲りただろうと思いきや、このたびの選挙を見る限りその様子は窺えない。

 政党は投機家ではない。日頃から都政なら都政をよくウォッチし、課題に対応する政策をまとめ、それを担うにふさわしい人材を養成する。いざ選挙となったら、それがたとえ時ならぬ選挙であったとしても、それまで培った政策と人材を掲げて選挙を戦う。これが本来の政党である。政党は政治のプロであるはずで、プロならプロらしく、候補者と政策の「品質管理」をもっとまじめに、地道にやってほしい。

 ここ数年、相次ぐ知事の交替劇によって、都庁の組織にはいささかの傷みと諦観が見受けられるが、1300万人の人口を抱える首都の自治体がこれではいけない。もちろんこれはそれぞれの知事の責任であり、またその知事を選んだ都民の責任でもある。ただ、その都民と都政とを媒介する政治のプロとしての政党の責任も極めて大きいはずである。この際、政党の自覚と奮起を促したい。