「帰国後、送客側の旅行会社に彼らが『次回もここに宿泊したい』と推薦してくれますから」と薛氏は話す。アジアからの訪日客は、自分の意思でパンフレットを見てホテルを決めるまでの「こだわり」には至っていない。ホテルを決める動機は口コミだ。同ホテル、すでに7割がリピーター。そのお客を運んでくる存在は添乗員だというわけだ。

 ターゲットを絞り込み、アジア各国の動向を徹底的にウォッチした。繁忙期のピークを分散させ、年間通して生じるはずのオフピークをほとんど消し去った。しかも1週間単位でも綿密にシフトを組み平均的に部屋を埋めている。1月を除く年間の稼働状況は70%を割ることはない。

 一昨年、観光ドライブイン「御殿場美華ガーテン」の営業も開始した。御殿場アウトレットパークそばの高台にありながら、36年間廃墟であり続けた風車を、御殿場のシンボルとして復活させた。

 「地域が復活し、雇用が促進されれば」と薛氏は語る。ちなみに同社は経済産業省が編纂する「雇用創出企業1400社」に選ばれている。

 薛氏は西武ライオンズで郭泰源選手の通訳を務めた後、池袋プリンスホテルに19年勤続した。稼働が傾斜する1166室を「せっちゃん、何とかしよう」と日本人幹部らと知恵を絞った。1年の供給スペースの50%をアジア向けに振り向けるなど、当時としては珍しい荒技をもやってのけた。98年には幹部らを“中国詣で”に連れて行った。現地行政機関に旅行社を集めさせてのランチミーティング、連絡、片付け、通訳、司会すべてひとりでこなした。

 05年、池袋プリンスホテルを辞め、台湾の名士複数名から募った資金を元手に会社を設立した。すでに利益を出すに至ったとはいえ、このインバウンドビジネスは、たとえ資本力ある華人であっても容易ではない。

 「プリンス勤務があってこそ鍛えられ、人脈も培われました」(同)、そこでの素地が今に生きる。日本のサラリーマンとして積んだ20年間の下積み。日本人社会に認められ、受け入れられる、そこへの努力が、今のビジネスに多くの理解者や協力者をもたらす。

 日本のホテル業界もインバウンドは避けて通ることはできない。新たな市場を取り込むための第1条件は何か。それは他でもない「現場を知るトップが上に立つこと」。すでに言い尽くされた感もあるが、実践するところはまだまだ少数。「待ったなしのインバウンド」に改革ののろしが求められている。