今、新しいマーケティング手法として注目を浴びているものに、ニューロマーケティングがある。脳波の動きから、無意識の反応を測り、新たな価値を探ろうというものだ。
この研究開発に取り組んでいるのが、大阪に拠点を持つ上場ITベンチャーのシナジーマーケティング社である。約4300社の顧客データを管理して伸びてきた同社と、現場で人の行動を観察し、新たな価値を提供してきた「行動観察」には、実は意外な共通点があった。
それぞれのトップが、既存の枠にとらわれないマーケティングについて語る。対談は前編・後編。後編は5月7日(水)を予定。
なぜ、あの人はコンブ味のおにぎりを買っていくのか?
――お二人に大阪からお越しいただきました。よろしくお願いいたします。
松波 はい、よろしくお願いいたします。
谷井 楽しみにしておりました。
――まず、どうして今、POS(販売時点情報管理)ではなく、「ニューロマーケティング」や「行動観察」のような新しいマーケティング手法に注目が集まっているのでしょうか?
谷井 そうですね、そのお話をする前に、ある例え話をしましょう。うちの会社の下にコンビニがありますが、お昼におにぎりを買いにいくとします。お昼休みに重なる12時~13時には人があふれかえるので、13時15分に買いに行く。その頃には、人気の高いおにぎりは売れてしまって、選択肢が非常に少なくなります。「仕方がない」と思いながら、コンブ味のおにぎりを買うことにしました。
翌日も13時15分に行くと、また売れ残ったコンブ味しかありません。この日も失意のもとでそれを買う。これを繰り返していると、これまでのPOSでは、「13時15分に、男性がコンブ味のおにぎりを必ず買う」というデータが残るんです。そして、買えば買うほど、それが確かな情報になっていきます。
コンビニに対して「ツナが欲しい」と言えばいいが、普通はそんなことしません。毎日、仕方なしにコンブ味を買っているにもかかわらず、POSデータにはそんなことは表れない。ここにPOSデータを用いたマーケティングの見えない壁があります。
松波 そうですね。どんな事柄にもコンテキスト(文脈)があります。そのため、データそのものだけでは、意思決定することは実は難しい。データは、その意味するところを解釈できてはじめて、「どうすればいいか」がわかる。ここでいう解釈を、私は「インサイト(洞察)」と呼んでいます。
データだけで見ようとしてしまうと、谷井社長のおっしゃるようなことが起きます。データを集めるよりも、案外、1人の人間をずっと観察していたほうが、「ため息をついて、コンブ味のおにぎりを買う男性がいつもいる」などという、気づきがあるかもしれません。
シナジーマーケティング株式会社代表取締役社長。
1972年、大阪府生まれ。1996年、神戸大学経営学部卒業、NTT入社。9ヵ月で退社し、稼業を手伝いながら、メール配信システムのITベンチャーデジタルネットワークサービスを創業。株式公開を前とした2000年、楽天に売却し、同時期に前身となるインデックスデジタルを設立。2007年にヘラクレス(現JASDAQ)に上場し、2010年に日本で初めて米国セールスフォース・ドットコムと資本・業務提携を行い、現在に至る。
谷井 実は、ニューロマーケティングにも同じところがあります。われわれは、脳波を測る装置を被験者につけて、テレビCMを見てもらい、その脳波を測定して、美しい・興味深い・信頼感などの15項目の感情評価と統合する研究を行っています。
そこでは、音楽や色、登場人物などのさまざまな情報(刺激)が被験者に提供される状況において、その総合的な反応を秒単位で調べます。さらに、最後にアンケートをとることで、被験者がどの場面で興奮したかなどの反応と感情の結びつきがわかり、CM制作側の意図が、受け手である視聴者にどう伝わっているか、その広告効果を見ることができるのです。
これは、脳が直感的に感じているものを直に知ろうという試みともいえます。脳波を測ることによって、人の心の動きであったり、感情の動きであったりを、細やかにかつ深く知ることができると考えているからです。
松波 なるほど。
谷井 今年の3月には、アメリカのニューヨークで、「ニューロマーケティング・ワールド・フォーラム」が開催されました。弊社からも、脳科学者でありデータサイエンティストであるベルタン・マチューが登壇しました。フォーラム自体は、今回で3回目とまだ若いのですが、ビジネスカンファレンスでもなく、学会ともまた違った、とても新しい分野のイベントとして、大変にぎわっていたそうです。