ニューロマーケティングと行動観察。発想を生み出すマーケティング手法として注目を浴びる二つの分野で活躍する、シナジーマーケティング社長の谷井氏と行動観察研究所の松波氏の原点に、ビジネスを成功に導くためのヒントがいくつも見えてきた。

阪神・淡路大震災、家業の手伝い、
それぞれが歩み出すきっかけとは

――お二人がこの分野に入るきっかけは何だったのでしょうか?

松波 きっかけはおそらく、阪神・淡路大震災のときだと思います。その頃、私は大阪ガスの研究所にいましたが、震災発生後は、私も現場に向かいました。何をしたかといえば、1軒1軒をまわってガスの元栓を閉めることや、ガスが通ったときに家の中のガス管を確認することです。

 そのときに、電話応対もしました。朝9時から夜の12時まで、ほとんど切れ目なく対応をしていると、電話をかけてきたお客さまがそれぞれお持ちの背景が見えてきました。お一人おひとりに人生があり、それぞれの方に“思い”があり、人間の深さと広がりを実感しました。そして、“場”に出ることで深く背景を知ることの重要さに気づきました。その経験が、行動観察につながったのだと思います。

谷井等(たにい・ひとし)
シナジーマーケティング株式会社代表取締役社長。
1972年大阪府生まれ。1996年神戸大学経営学部卒業、NTT入社。9ヵ月で退社し、稼業を手伝いながら、メール配信システムのITベンチャーデジタルネットワークサービスを創業。株式公開を前とした2000年、楽天に売却し、同時期に前身となるインデックスデジタルを設立。2007年にヘラクレス(現JASDAQ)に上場し、2010年に日本で初めて米国セールスフォース・ドットコムと資本・業務提携を行い、現在に至る。

谷井 私がマーケティングに関心を持つようになったのは、実家の家業の洋服店で働いていたときです。大学卒業後にNTTに入社しましたが、9ヵ月ほどで辞めてしまいました。いろいろと理由はあるのですが、正直に言えば、朝、起きられなかったことも原因の一つです。

松波 とても正直ですね(笑)。

谷井 「これは、あかんな」と。しばらくしていたら、さすがに父親に叱られまして、家業である洋服店で働こうと頼み込んだんですね。17坪くらいの小さなお店でした。ただ、それが暇で暇で……。そこで、既存顧客に対して販売促進をするようになったんです。

 来店したお客さまに、お名前、住所、電話番号に加えて、メールアドレスまで教えていただきました。時間があるものですから、「明日スーツできあがりますよ」とリマインドのメールをするようになったんです。すると、お客さまから返事が来た。それが衝撃でした。

 紙のダイレクトメールであれば、普通1通100円くらいのコストがかかります。セール案内で100通くらい送っても、店まで持ってきてくれる人なんてそうはいません。これが、メールになると「ありがとう、また行きます」と返事が来るわけです。そこからさらに、「あなたのスーツに似合うシャツが出ましたよ。取り置きしておきましょうか?」と連絡すると、これがまた売れたんですよ。

 店の広さに関係なく商売ができる。どのタイミングでメールを送ればいいかなどの研究材料も山ほど出てきました。突き詰めると、これがおもしろかった。CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)という言葉もなかったときですが、これが原点です。

松波 おもしろいですね。われわれもビジネスに活用したいですね。

谷井 もし、われわれのビジネスがうまくいっているとするならば、その要素は、会社の広報とマーケティング・コミュニケーションにあると思います。実は、われわれは、飛び込み営業を一切しません。問い合わせを受けてから営業をします。「受け身」なんですね。

 そのなかで、唯一、飛び込み営業をしている部署は広報です。大阪のローカルの企業がやっていることは、なかなか世の中に見つけてもらえません。そのため、われわれの取り組みを売り込んでいかないといけない。

 広報は、特定の案件やサービスではなく、企業の理念や事業の価値を伝えます。会社の認知が広がれば、自然とお客さまが集まってきてくれるんです。