満鉄退社時は鉄嶺図書館長だった、と年譜にある。鉄嶺市は現在も石炭、化学などの重化学工業地帯だそうだ。満鉄の組織図には「大連図書館」しか出ていないので、おそらく分館だったと思われるが、管理職だったことは確かだ。東海林が東京へもどるとき、渡辺静という女性をともなっていたそうで、この女性がのちの夫人となる。渡辺も東京音楽学校でヴァイオリンを専攻している。

 満鉄の退職金は2万円だったそうだ(東海林太郎、前掲書、1969)。これは相当高額である。この時期にミリオンセラーをだしていた藤山一郎が手にした契約金も2万円だったはずで、満鉄調査マンの厚遇ぶりがわかる。当時、東京では1000円で土地付き住宅を購入できたという。

 帰国後、1931年に退職金を元にして弟の三郎とともに早稲田で中華料理店を開くが、経営は失敗したようだ。

 1933年になると、クラシックの声楽コンクールに応募することを決心する。この時点ではクラシックの声楽家を目指していたのである。

 この間、経済学の師匠、佐野学はどうしていたのか。1925年7月に帰国すると、合法的な新聞「無産者新聞」を創刊し、堂々と編集部へ出勤していたそうだ(立花隆『日本共産党の研究』1978)。しかし、1925年4月には治安維持法が施行され、革命家らは次々に検挙されていく。

 佐野は1926年に第1次共産党事件の裁判で10ヵ月の禁固刑を受け、収監される。出獄後、27年12月、日本共産党中央委員長に選ばれる。28年6月にはコミンテルン第6回大会に参加し、29年6月に上海で検挙されるまでモスクワ、インド、上海で活動していた。

 佐野・東海林の師弟2人の生き方が決定的に転換するのは1933年である。東海林がコンクールを目指して声楽のレッスンに励んでいたころ、佐野は獄中で日本中を驚かせる文書を書いていた。

(つづく、隔週金曜公開、次回は5月30日)

☆電子書籍発売のお知らせ☆
「本田美奈子さん.」の生涯と音楽史~第2弾がついに発売!
完全未公開!本田美奈子.ミニ写真集付き!

Diamond Online Books
かの残響、清冽なり。
本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史
第2巻 「声楽」

電子書籍オリジナルで5月5日から発売!

著者 坪井賢一
価格 1200円
発行 ダイヤモンド社

ご購入はこちら!
[Amazon.co.jp]

第2巻「声楽」は
1996年にオペラのアリアに挑戦するところから始まります。じょじょにクラシックを歌う場面も増え、声楽の練習・研究も進みました。
90年代後半にはポップスからクラシックまで、発声法を自由に変換しながら歌う技術を獲得しています。いくつかのコンサートやミュージカルの歌唱を詳細に分析しながら彼女の研究法を探索します。
巻末には未発表の写真を含む「プレミアム写真集」の2回目を掲載しました。
在りし日のディーヴァの姿をお手元にどうぞ。

●第2巻は本連載の記事中、第12回から第22回までをまとめ、大幅に加筆修正したものです。この連載は隔週で現在も継続しています。

●本書の著者印税はすべて、白血病など難病患者を支援する
「特定非営利活動法人リブ・フォー・ライフ美奈子基金」へ寄付いたします。

【ご購読の方法】
★kindle、kobo、lideo などのブックリーダー(電子書籍用端末)で購読できます。
★ブックリーダーをお持ちでない方は、タブレット、スマホで購読される場合は、kindle、koboなどのスマホ・アプリを各サイトからダウンロード(無料)してください。
★PCで購読される場合は、kinoppy、bookliveなどのサイトよりアプリをダウンロード(無料)してください。

★問い合わせ先 ダイヤモンド社デジタル推進部 TEL:03-5778-7263

☆第1弾も好評発売中☆
Diamond Online Books
かの残響、清冽なり。
本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史
第1巻 「再生」

電子書籍オリジナルで発売中!

著者 坪井賢一
価格 1200円
発行 ダイヤモンド社

ご購入はこちら!
[Amazon.co.jp]