新しいコトやモノを理解するために、自分のエネルギーを使いたくないのだ。楽を覚えてしまうと、その程度の労力ですら脳と体にとって大きな負担に感じられるのだろう。

 別の大きな問題は、人脈が古いことだ。世の中を実質的に動かしている世代は遥かに下であり、価値観や保有している技術、使用するツール、何もかも違う。その世代の当たり前と、自分たちの世代の当たり前は相当に違うのだが、そのことに対して無自覚である。大事な意思決定において、時代遅れの自分の人脈に相談を持ちかけ、自分たちの価値判断基準に従って物事を決めるから、ほぼ間違いなく外してしまう。

 多くの企業では老害にかかっている人たちが、いまだに意思決定の権限を持っているため、彼らの「NO」が部署や会社全体の「NO」になる。老害のせいで現役世代までもが新しいモノやコトを取り入れる機会を失ってしまうのだ。すでに企業にとって邪魔者でしかないこれらの人が、なぜ偉いことになっているのだろうか。

「そうせい候」システムが機能しなくなった

 ご存じのように、企業のポストは、現在のビジネスを成功させる上での期待値によって配分されていないのだ。過去の実績の積み重ねとさらに上の上司の覚えのめでたさによって候補者がまず残され、その中でよりマシと思われる配置が決定されているにすぎない。まだ上を目指す意欲の高い人達は偉くなっても成果を出すべく頑張るが、天井が見えてきた人はむしろ大過なく余生を全うしようとする。会議に出て当たり障りのないことを言い、後ろ指をさされない程度の成果を出し続けて、ラッキーで役付役員にでも昇格できれば最高というわけだ。そんなことをしている間に、いろいろな感覚が衰えていく。