あの280万部超ベストセラー『もしドラ』の続編『もしイノ』の第一章が始まります。
主人公の岡野夢は、ある日、校庭で一冊の本を拾います。その本が、後に彼女の運命を大きく変えることとなるのですが、しかしもちろん、このときの彼女にはそれを知るよしもありませんでした。

ところでみなさん、このシーンって、ある有名なマンガのオマージュになっているのですが、お気づきになりましたでしょうか?

第一部 第一章
「やっぱり、真実だったんだ」

 岡野夢は、私立浅川学園高校の一年生だった。
 浅川学園は、東京の西部、関東平野が終わって多摩丘陵が始まる、小高い丘がいくつも連なった地域にある私立高校だ。
 ただし、浅川学園自体は丘の上にはなかった。多摩川とその支流の浅川とに挟まれた、標高の低いところにあった。
 おかげで、よく風が吹いた。毎年秋を過ぎると、川を吹き抜ける強い風で体が飛ばされそうになることもあるほどだった。
 しかし反面、春はとても気持ち良かった。浅川の土手道にはたくさんの桜が植わっていて、その散った花びらが春風に舞い上げられると校庭は見事な桜吹雪に包まれた。それは浅川学園の春の名物ともなっていた。
 その名物がようやく一段落した四月半ば、とある土曜日の午後、夢は校舎の窓からぼんやりと校庭を眺めていた。この頃になっても、夢は教室の窓から校庭を眺めるのが好きだった。
 一階にある夢の教室の窓からは、目の前にある花壇がよく見えた。そこにはマーガレットやゼラニウム、カザニアなど春の花が咲き乱れていて、入学してすぐ、夢はそこからの眺めが大のお気に入りとなった。
 ただしこのとき、校庭に走る陸上部員の姿はなかった。校門へと続く通路のところに帰宅する生徒たちがまばらにいるくらいで、あとは無人だった。
 この日は授業が午前中で終わりだったものの、夢は花壇と、それから人影の少ない校庭とが織りなすどこか物憂げな情景に魅入られ、なんとなく帰れずにいた。
 本当はこの日、友だちと一緒に遊ぶ予定だった。しかし急な予定が入ったとかで、先ほどキャンセルになったのだ。おかげで何もする当てがなくなり、暇を持て余していた。
 そのとき、夢は花壇の向こうにある校庭のトラックの手前辺りに、なにやらキラキラと光るものが落ちているのを見つけた。ただ、それが何なのかは、すぐには分からなかった。一階の窓からだと角度が浅く、その表面が見えづらかったからだ。
 そこで夢は、鞄を手に取ると教室を後にした。帰るついでに、そのキラキラしているものが何か、確かめようとしたのだ。
 昇降口で靴を履き替えると、校庭へ向かった。そうして、そのキラキラ光るものが落ちている場所へと近づいた。
 すると、ようやくその正体が分かった。それは本だった。本のカバーの部分がつるつるとした素材で、太陽の光を反射してキラキラと瞬いていたのだ。
 夢はそれを拾ってみた。すると、タイトルにはこうあった。
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』
 それで、夢はこう思った。
(ずいぶん長いタイトルだなあ)
 また、こうも思った。
(ライトノベルなのかな?)
 なぜかといえば、その表紙にはアニメのようなタッチで女子高生のイラストが描かれていたからだ。そういう表紙はライトノベルによくあった。また背景には、青い空と白い雲、そしてその下を流れる川の絵が描かれていた。
 その絵を見て、夢は(どこか浅川に似ている)と思った。
 それから辺りを見回した。しかし、周囲には誰もいなかった。そこで夢は、もう一度その本を眺め、しばらく考えた。
 そうしてやがて、その本を鞄にしまうと、そのまま帰途についたのである。