アウン・サン・スー・チー氏の政権のリスクとは
このように、総選挙の圧勝後、その熱に浮かれることなく着実に政権移行のための地ならしにいそしむ姿を見ると、これからは今までミャンマーに付きまとってきた政治不安や民主化への懸念等が一掃され、新たに皆が待ち望む国になっていくように思えてくる。
ただ、本当にそうだろうか。期待したい気持ちは多分にあるものの、現実はこれから始まる。今後、NLDが政権の座について動き出すと、選挙の熱が冷めるに従い、多くの現実の問題と直面することになる。長年野党の立場だったNLDが、はたしてどの程度、現実の政治を切り盛りしていくことができるのか。今までのように、与党に反対さえしていればよかった立場から、責任与党としての実務能力が問われる立場になる。
特に、今後の経済成長の実現とその分配は、大きなテーマだ。2011年以降テイン・セイン大統領が推し進めてきた経済面での改革を引き継ぎ、安定した市場環境の整備と、それに伴う着実な経済成長、ひいてはその果実の国民への配分を実現することができるかが重要なポイントだ。テイン・セイン大統領は、この数年間絶妙なかじ取りで、国内保守派の反対を受けつつも外資の受け入れを進めながら、規制緩和や投資環境の整備を進めてきた。こうした成果がようやく実を結びつつある状況でもあった。
ところが、NLDをサポートしている国民の多くは、経済面の改革の果実が自分には十分届いていないと考えていた。日々、はびこる汚職や一部の利権者が肥え太る姿を見ていると、そう思うのも仕方ないとも思える。今後NLDは、彼らの支持者の期待のもとに、汚職への対応や、旧政権下で急拡大した財閥を筆頭とした既得権者と、どのように相対して富の分配を確保していくかが一つの焦点になる。ただ、政権と癒着した財閥は、富の偏在を生みつつも、一方で経済拡大の担い手でもあった。富の再分配に力点を置きすぎて、財閥の力を削ぐことは、角を矯めて牛を殺す如く今後の経済成長にとってはマイナスにつながるおそれがある。
あれだけ選挙で熱狂した国民も、期待したNLDの政権が自らの期待に十分に応えていないとなると、その熱も一気に冷めるかもしれない。そもそもNLDの選挙公約も、具体性に乏しく総花的な内容が多い。またそれをサポートする多くの国民も、政策の内容を吟味することなく舞い上がって「選挙祭り」を堪能してきたところもある。そうした実体のない期待感が充満している今、多くの現実の困難の中で、国民が期待する成果を上げていくことは決して簡単ではない。高い期待感はその反面大きな失望につながりかねず、将来的な揺り戻しが起こるリスクもあながち否定できない。