一見難しそうに思えるが、金融商品の選択問題は簡単だ。たとえば、日本株に投資するファンドを選ぶ場合に、過去3年の運用成績がよくて信託報酬が1.9%の商品Aと、過去3年の運用成績が悪くて信託報酬が1.5%の商品Bとではどちらがいいか。問題として解くだけなら、過去の運用成績は将来の運用成績と無関係なのだし、将来の運用成績を予測することは不可能なのだから、商品Bのほうが「まし」だ。現実に当てはめるなら、どちらの信託報酬も高過ぎるから、別のファンドを探すべきだと明快な結論が出る。
リスク資産の中身を何にどう配分するかという資産配分の問題も、前提となる数字を決めさえすれば、計算によって解くことができる。
これに対して、「年収600万円で年間生活費は500万円、金融資産額が800万円、年齢は30歳で、独身(当面結婚の予定なし)で、健康、借家住まいのビジネスマンAさん」という程度まで本人の条件が明らかになっても、この800万円のうち何パーセントを株式などのリスク資産に投資するのがいいかを決めるのは難しい。
ある本の著者は、年収2年分程度の生活防衛資金を安全資産で貯めてからでないと、リスクを取った運用をするのは早いと述べ、まず自分自身が稼ぐべきだと諭す。これは米国の有名なFPの本からの借用と思えるが、一理ある。生活防衛資金を持っていると、生命保険が不要だし、健康保険に入っていれば医療保険も不要なので、ムダの大きな出費を避けられる。余裕は運用にもプラスだ。
だが、株式でも投資信託でも換金は容易だ。生活防衛資金の相当部分はこうした資産で構わない。分散投資されたかたちでの投資なら、株も投資信託も急に価値がゼロになることはない。典型的には、ひどい場合でも1年後に、投資額の3~4割程度のマイナスだろう。たとえば最悪の場合の損を2年分の貯蓄で取り返せると考えて年間200万円を最大損失と見込む。「最悪で4割の損」がこの金額に収まるようにと逆算すると500万円ほど投資できる。あるいは、まだ生活防衛資金が十分でないので、最大損失許容額を100万円と考えると、同様の逆算で求めるなら250万円がリスク資産への投資額だ。だが、最大損失許容額は、個人の人生観や好みも動員しないと決まらない。
別の考え方もある。リスク資産のほうが平均的に収益率が高いなら、破綻しない範囲で、最大額のリスク資産を持つほうがいいと考えると 、1000万円全額をリスク資産に投資しても不足だろう。Aさんは将来の稼ぎが相当確実に見込まれるから、金融資産がマイナスになってもなんとかなる。信用取引や先物を使ってもっとリスクを取るほうがいい、というのも一つの考え方だ。大きな借金を負って不動産を買う(かなり効率は悪いが)人は、不動産でこの種の信用取引をやっているのだろう。
いずれの場合も、重要なのは、金融資産の中のリスク資産の「比率」ではなく、投資する「金額」だ。ボーナス時期の雑誌によく載っている円グラフの推奨資産配分比率が役に立たないのは、こうした事情があるからだ。それにしても、ゼロから100%超までありうるのだから答えの幅は広い。
共通に大切なのは、最悪の場合にどうするかを考えておくことだ。運用はどうしても儲けから考えて始めがちだが、あえてリスクに眼を向けることが大切なのだ。
今回は、個人の資産運用の理論化の中でたぶん最大の難所を取り上げた。