各業界で「アルバイト・パートの人手不足」が深刻化している。今後もアルバイト人材の大幅な需要増加が見込まれる中、さらに人口減少も進むことを考えると、いまこそ企業は「使い捨て人材」としてのアルバイト像から脱却し、真剣にアルバイト人材の「主力化」に取り組まなければならない――。
こうした問題意識の下、東京大学・中原淳准教授とテンプグループのインテリジェンスHITO総合研究所(代表取締役社長:渋谷和久)は、小売・飲食・運輸業界大手7社の協力のもと、全国約2万5000人を対象に、国内初の「アルバイト・パート雇用」に関わる大規模調査を実施した。また、そこで得られたデータ・知見は、2016年秋にダイヤモンド社より刊行予定の書籍『アルバイト・パート[採用・育成]入門』で公開予定だという。
今回から、異色のアルバイト人材育成戦略を掲げ、人材業界からも注目を集めているエー・ピーカンパニー副社長の大久保伸隆氏をお招きしての鼎談を3回にわたりお送りする。「塚田農場」「四十八漁場」などの人気居酒屋チェーンを展開する同社のアルバイト育成哲学とは? 『バイトを大事にする飲食店は必ず繁盛する』(幻冬舎新書)を著した大久保氏に聞いた。
(於:塚田農場天王洲アイル店 構成/高関進 写真/宇佐見利明 聞き手/藤田悠・井上佐保子)
人手不足をものともしない
「塚田農場」アルバイト
東京大学 大学総合教育研究センター 准教授。東京大学大学院 学際情報学府(兼任)。東京大学教養学部 学際情報科学科(兼任)。大阪大学博士(人間科学)。
1975年北海道旭川生まれ。東京大学教育学部卒業、大阪大学大学院 人間科学研究科、マサチューセッツ工科大学客員研究員等を経て、2006年より現職。
「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発、リーダーシップ開発について研究している。専門は経営学習論。
著書に、『会社の中はジレンマだらけ』(光文社新書)、『アクティブトランジション』(三省堂)、『職場学習論』(東京大学出版会)、『企業内人材育成入門』『研修開発入門』『ダイアローグ 対話する組織』(以上、ダイヤモンド社)など多数。
【中原淳(以下、中原)】僕の主な研究テーマは「職場づくり」ないしは「職場における人づくり」なのですが、これまでの研究では「大企業の正社員」をその対象としてきました。あえてやっていたわけではなく、研究のご縁をいただくのが、それ以外の対象になりますと難しいからです。
しかし、今回のテンプグループさんとの共同研究で、アルバイト・パート人材の育成に焦点をあてています。テンプグループさまとの大規模調査でわかってきたのが、非正規雇用やアルバイトといった雇用形態でも、同様に「職場をどうつくるか」がかなり重要だということです。
人材を確保する「入口=採用」と、人材の流出を抑える「出口=育成」の対策を講じていくうえでも、まずは「職場づくり」がなければならないと。僕は、自分の研究に自信が持てました。今日はそれを踏まえつつ、特に採用と育成、入口と出口についてお話を伺えればと思っております。よろしくお願いします!
【大久保伸隆(以下、大久保)】よろしくお願いします!
【中原】まずは入口の話ですが、今回の調査結果を見ても、多くの店長さんたちがとにかく口をそろえて「人が採れない!」と言っています。御社はこの「人が採れない時代」をどう捉えていらっしゃいますか?
(おおくぼ・のぶたか)
株式会社エー・ピーカンパニー副社長
1983年生まれ、千葉県出身。大学卒業後、大手不動産会社に就職するが、約1年で退職。2007年4月株式会社エー・ピーカンパニーに入社。08年12月「塚田農場錦糸町店」の店長に抜擢。10年「塚田農場」事業部長、11年取締役営業本部長、12年常務取締役営業本部長、14年30歳で取締役副社長に。アルバイトを含む従業員を、精神的かつ経済的に満足させる独自の経営により、13年経産省主催のおもてなし経営企業選入選、15年厚労省主催パートタイム労働者活躍推進企業奨励賞受賞、16年GREAT PLACE TO WORK(働きがいのある会社)ランキングの日本版で22位に。「ガイアの夜明け」「カンブリア宮殿」など多くのメディアで話題になる。現在は人材開発本部長等を兼任。神戸大学非常勤講師としても活躍。
著書に『バイトを大事にする飲食店は必ず繁盛する』(幻冬舎新書)がある。
【大久保】最初に数字的な話で恐縮ですが、じつは当社のアルバイトの採用倍率は8~10倍です。つまり、応募者8〜10人に対して、採用するのは1人という状況です。採用単価も他社さんよりかなり低いはずです。しかもいい人材に恵まれているので、「人手不足」と言われても、それほどピンとこないのが現状ですね。
【中原】それはもとからですか? それとも最近になって?
【大久保】5年くらい前からこの状態です。採用コストは維持したまま、応募数・採用数が増加しています。
【渋谷和久(以下、渋谷)】本日はよろしくお願いします。さらっと数字をおっしゃいましたが、これは外食産業の平均値からすれば、驚異的なデータですよね。私たちインテリジェンスHITO総研がお手伝いしている「an」の調査によれば、1965年からの正社員を含めた求人倍率が、1を超えているのはこの60年間で4回くらいしかありません。外食産業のアルバイト戦略では圧倒的な一人勝ち状態といえると思いますが、何か秘訣があるのでしょうか?
【大久保】アルバイトの人手不足問題の対策としては「応募を増やす」か「離職を減らす」しかないと思います。うちがずっと取り組んできたのは、離職をいかに減らすかですね。そのための方法についてずっと考え続けてきました。
最近、「ブラック企業」「ブラックバイト」という言葉がよく使われますが、言葉だけが一人歩きしていている印象があります。ブラック企業と呼ばれないために福利厚生を整えたり、こまかな対策を立てることはすごく大切ですが、正直言ってこれはキリがありません。