生物とは何か、生物のシンギュラリティ、動く植物、大きな欠点のある人類の歩き方、遺伝のしくみ、がんは進化する、一気飲みしてはいけない、花粉症はなぜ起きる、iPS細胞とは何か…。分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語る『若い読者に贈る美しい生物学講義』が発刊。4刷、2万6000部とベストセラーになっている。

養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel) 「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け!  相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ」と各氏から絶賛されたその内容の一部を紹介します。

私たち多細胞生物だけが「がん」になるワケPhoto: Adobe Stock

細胞がたくさん集まっても多細胞生物にはならない

 大昔の地球には単細胞生物しかいなかった。そのころの地球には、がんという病気はなかった。その後、十数億年前に最初の多細胞生物が進化したときに、がんという病気が現れた。がんは多細胞生物にしか発症しない病気である。

 それでは、なぜ多細胞生物だけが、がんになるのだろうか。

 単細胞生物である細菌は、1匹が分裂して2匹になる。基本的には、ずっとその繰り返しだ。もちろん環境が悪化すれば、細菌だって死ぬことはあるだろう。でも、とくにそういうことがなければ、細菌は永遠に分裂し続ける。つまり永遠の命を持っているといってもよい。

 生命が誕生したのが40億年前だとすれば、現在生きている細菌は、40億年ものあいだ細胞分裂をし続けてきたのである。たとえ一回でも細胞分裂が途切れたら、それで終わりだ。その後に子孫を伝えることはできない。だから、現在生きている細菌は、みんな40億歳だ。

 もっとも、細胞分裂をして1匹が2匹になった時点で、世代が変わるという考え方もある。つまり細胞分裂の前と後は別の個体だというわけだ。そう考えれば40億歳にはならないけれど、それでも40億年間死ななかったことは事実だ。単細胞生物は永遠の命を持っているのである。

 いっぽう多細胞生物は、細胞がたくさん集まった生物だが、細胞がたくさん集まっただけの生物ではない。それは群体といい、同種の単細胞生物が集まっているものだ。

 私たちヒトは多細胞生物である。しかし、誰でも最初は単細胞生物だった。人生のスタートは、受精卵というたった1つの細胞だった。それが細胞分裂をして、大人になればおよそ40億個もの細胞になるのである。

 細胞分裂をしていくあいだに、細胞は大きく2つの種類に分かれる。それは、子孫に受け継がれる可能性のある細胞とない細胞だ。子孫に受け継がれる可能性のある細胞は生殖細胞と呼ばれ、そういう可能性のない細胞は体細胞と呼ばれる。

 たとえば、私の手は体細胞でできているが、私が死んだらそれでおしまいだ。私の手から子どもが生まれることはないし、私の手の細胞が子どもに伝わることもない。私の手は、私の代で使い捨てなのだ。

 いっぽう生殖細胞は、使い捨てではなく子孫に伝えられる。ただし、生殖細胞は多めに作られるので、実際に子どもになるのはその中のほんの一部にすぎない。それでも、すべての生殖細胞には、子孫に伝えられる可能性がある。すべての生殖細胞には、永遠の命を持つ可能性がある。そこが体細胞との違いである。体細胞は必ず死ぬ。遅くとも、その体細胞を持っている個体が死ぬときに、すべて死ぬのである。

 つまり単細胞生物は、自分自身が生殖細胞のようなものだ。その単細胞生物の中から、使い捨ての体細胞を発明したものが現れて、多細胞生物になったのである。

 単細胞生物( ≑ 生殖細胞)+ 使い捨ての体細胞 = 多細胞生物

 別のいい方をすれば、細胞の種類が1つしかないのが単細胞生物で、2つ以上あるのが多細胞生物だともいえる。少なくとも、生殖細胞と体細胞の二種類はあるからだ。

 生殖細胞は、ちゃんと子孫に受け継がれて細胞分裂する能力をなくすわけにはいかないので、あまり好き勝手に変化することはできない。しかし、使い捨ての体細胞ならどうにでもできる。変化し過ぎて分裂能力がなくなったってかまわない。

 働くだけ働いてもらって、死んだら捨てればよいのだ。だから、いろいろな役割に特殊化した体細胞をいくらでも作ることができるのである。このように、受精卵のような特殊化していない細胞が、体細胞に特殊化していくことを「細胞分化」あるいは「分化」という。

 したがって、細胞がたくさん集まった生物の中で、細胞が一種類のものを群体、二種類以上のものを多細胞生物という。あるいは、体細胞(分化した細胞)を持つものが多細胞生物といってもよい。