AI、VR、ARのある暮らしが人と社会のすべてを変える 東京大学 教授・稲見昌彦 Photo by HIROAKI KUROSAWA

身体を情報システムとして理解し、設計する「身体情報学」のフロントランナー、東京大学教授の稲見昌彦氏。最新のテクノロジーを使って身体能力を拡張し、年齢や障害などの身体差や人間本来の身体能力を超えて競い合う「超人スポーツ」の提唱者としても知られている。人間拡張技術による人とテクノロジーの融合は、人のアイデンティティ、人と人との関係、社会にどのような未来をもたらすのだろうか。(聞き手|三菱総合研究所 未来構想センター シニアプロデューサー 藤本敦也/三菱総合研究所 経営イノベーション本部 研究員 濱谷櫻子)

本記事は書籍『フロネシス22号 13番目の人類』(ダイヤモンド社刊)からの転載です。

AIと人の一体化が
スタンダードに

――近年、AIやVR技術の進化がめざましいですが、人間拡張の現状をどのように捉えていますか。

 サイボーグの概念が提唱されてから今年で61年となります。サイボーグという言葉が生まれた当時、人間拡張は「人工的な臓器を肉体に埋め込む」といった物理的な視点で考えられていました。つまりは「フィジカルサイボーグ」です。しかし現在は、人を情報的に拡張・支援しようという動きのほうが強い。こうした新しい情報支援のあり方を、私は「ディジタルサイボーグ」と呼んでいます。情報革命でソサエティ5・0の世界が実現すると、人間拡張技術は新しい広がりを見せるでしょう。すでに実現しているブレイン・マシン・インターフェース(BMI)、ウエアラブルデバイス、モーションキャプチャーといった技術はその一助となるはずです。

 こうした技術は「ゲーム的なもの」と捉えられがちですが、たとえば、バーチャル空間、物理的な空間を問わず、自分自身のアバターをつくれるようになったことは、人の身体性を変える大きな出来事です。これは、いままで心と身体が不可分な関係であったのが切り離せるようになったということです。つまり、物理的な身体とは別に、ロボットのアバターが遠隔地にいて、情報的なアバターはネットワークのなかにいる、といった存在の仕方が可能になりました。

 一つの心に一つの身体が対応するのではなく、一人が複数のアバターを使ったり、逆に複数人で一つのアバターを使ったりすることができるようになったわけです。当然、人と人との関係性も変わるはずです。

――人と人だけでなく、人とコンピュータの関係性も変わってきそうですね。

 他者であったコンピュータが自己に取り込まれていくことになると思います。かつてはインタラクティブコンピュータという言葉があり、日本語で「対話型コンピュータ」と訳されていました。『2001年宇宙の旅』に登場したHAL9000(AIを搭載したコンピュータ)のように、人とコンピュータが自然言語を使って対話をしたり、キーボードでチャットをしたりする、それがこれまでイメージされてきた人とコンピュータの関係性でした。あくまでもコンピュータは他者であり、自然な対話や操作ができる相手だったわけです。

 ところが、人とコンピュータが高速でつながるようになると、その関係性が根本的に変わる可能性が出てきます。やまびこは、声が返ってくるまで時間差があるため、他者の声のように感じますが、発声と同時に返ってきたら、自分の声として感じるはずです。一般に聴覚や触覚であれば200ミリ秒以内の速さで応答があると、自分のものとして認識します。

 ただ、情報伝達のスピードには限界があります。いくら5Gが普及しても、我々は光の速さを越えられません。そうでなくても、格闘ゲームの世界においてはよく、「地球は大きすぎる」「光は遅すぎる」といわれます。どういうことかと言えば、格闘ゲームのプレイヤーはおよそ60分の1秒単位で戦略を練っていますが、その間に、光は日本からインドネシアくらいまでしか到達できません。人の戦略に光が追いつかないのです。

 では、どうやってこの時間差を解消するか。その一つの方法が予測です。人間の行動をAIに機械学習させ、ジャンプや歩行などの動作なら0・5秒先の動きを予測する研究があります。たとえば、そのような予測技術を使ってバーチャルなインタラクションを形成することで、光の速さを超えたかのような体験を構築できます。人の動きの支援についても、パワーアシストだけでなく、転ぶ前に動きを予測して手を差し伸べる、人にぶつかる前に注意を促すといった方法も考えられます。こうした予測機能がすでにうまく実用化されている例が、スマートフォンやパソコンの予測変換や予測入力です。いまのところテキストベースですが、やがて画像や動画、音声、触覚的なものにまで応用されていくでしょう。

 学習方法についても、これからは人と機械が一体となりながら相互学習していくことになると思います。AI同士で競いながら学ぶいわゆる「敵対的生成ネットワーク(GAN)」は、一つのAIが本物に似せたレプリカなどを生成し、その真偽を別のAIが識別することを繰り返して、成長していきます。この識別する側を人間が行うことで、人の識別能力を高めるような応用も考えられます。その人に適合した形で、学習を人機一体でやっていくことで、習得スピードがさらに高速化するはずです。

 いつまでもAIを文字通りの「アーティフィシャル・インテリジェンス(人工知能)」にとどめておくべきではありません。ARの概念が「アーティフィシャル・リアリティ(人工現実感)」から「オーグメンテッド・リアリティ(拡張現実感)」に変わってきたように、AIも「オーグメンテッド・インテリジェンス」を目指して人間拡張の見地から開発を進めていくべきです。