平均寿命全国最下位の常連県である青森県の健康問題に取り組む、弘前大学の「岩木健康増進プロジェクト」。発足から12年、「短命県」の汚名を返上すべく、600項目にわたる網羅的な健診を延べ2万人以上の住民に対して行い、他に類を見ない健康ビッグデータを築き上げた。プロジェクトは、2013年には革新的な研究を文部科学省が支援する事業「COI(センター・オブ・イノベーション)」に採択され、同事業の中核を担うまでに至る。ビッグデータは健康・医療の世界にどんな変革をもたらすのか、弘前大学健康未来イノベーションセンター・副センター長の村下公一氏に話を聞いた。(聞き手|木村孝・三菱総合研究所 ICTイノベーション事業本部 本部長)

本記事は書籍『フロネシス16号 事業創造の大転換』(ダイヤモンド社刊)からの転載です。

600項目延べ2万人以上の
健康ビッグデータ

――弘前大学COIがヘルスケアに関するビッグデータを収集し始めた背景をお聞かせください。

 弘前大学がある青森県は平均寿命がここ何十年、全国最下位というありがたくない記録を持っています。その主な要因は、いわゆる働き盛りの人たちが早死にしていることで、“短命県”青森が抱えるいちばんの問題点です。

 短命県という汚名を返上したい行政と、課題が明確なだけに研究しがいのある地域性に注目した研究機関が手を組み、スタートしたのが「岩木健康増進プロジェクト」です。弘前大学では2005年より弘前市岩木地区(旧岩木町)で、定期的に住民向けの大規模合同健康診断を行い、全身を網羅する600項目に及ぶ健康データを経時的に蓄積しています。いままでのところ医療データはレセプトのような病気にかかった後のものが多い。それに対して、弘前大学COIのデータは健康な人たちを対象にした超多項目の健診に基づいていることが大きな違いであり最大の強みです。

――青森県のなかでも岩木地区が対象として選ばれたのはなぜでしょうか。

 平均寿命という視点で見ると、津軽地方、なかでも岩木地区は平均寿命が短いエリアです。またデータを採取するうえで足繁く通う必要がありますから、大学の医学部に近いというのも選ばれた理由の一つです。

 同地区での健診は、毎年5月末から6月上旬に行われます。毎日40〜50人の医師に医学部の学生、臨床検査技師や栄養士などのコメディカルを加えた約200〜300人体制で、岩木地区の体育館に大学病院がそのまま移動したような大規模な調査を行います。調査にはさまざまな科の専門医が関わっており、これほど各科の医師が垣根を越えて連携した健診は他に類を見ないでしょう。また、一人の健診に朝6時から午後3時頃までかかる場合もあり、参加された方に「疲労健診だ」なんて揶揄されるほど、事細かにデータを取っています(笑)。10日間の健診で約1000人のデータを採取し、12年間で延べ2万人以上(小中学生を含む)のデータが蓄積されました。

――健診項目は一般的な健康診断や、ほかの同様の調査とはどう違うのでしょうか。プロジェクトが蓄積したビッグデータから何が見えてきましたか。

 健診項目は非常に多岐にわたっており、ゲノム解析、メタボローム解析、腸内細菌叢、口腔内環境、アミノ酸分析、吸気ガス成分測定なども含まれます。特に2016年からは社会的な問題となっている認知症をターゲットにした健診を充実させ、65歳以上を対象に、約1300人全員の脳のMRIを撮影しています。同時に行ったMMSE(認知機能テスト)を見ると、60歳ぐらいからMMSEスコアが低下している人の数がいっきに増えることがわかりました。さらにプロジェクトのビッグデータと照らし合わせてみると、睡眠が不十分な人、歩行速度が遅い人、幸福度・満足度というQOL(生活の質)が低い人が、MMSEスコアが低下している人のなかに多いことがわかります。ビッグデータでは認知機能と腸内細菌の分布の関係なども見ることができ、認知症の専門医をはじめあらゆる分野の専門家にとっても非常に魅力的なデータとなっています。

 特に認知症をはじめとした現代病はいろいろな因子が複雑に絡み合って発症する病気ですから、あえて特定の仮説は立てず、網羅的な健診でデータを収集しています。こうしたデータを最先端の統計学的な手法やAIで解析し、将来の認知症の発症を予測するデータを絞り込み、予防につなげる仕組みをつくっています。