|解説|野生動物なのに、寂しがり。
摩訶不思議な動物ウォンバット

 ウォンバットはずんぐりした体の割に素早く、本気を出すと時速40キロで走ることができる。穴を掘るのが得意で、1日に90センチ程度の穴を掘り進める。

 また、特徴的なのがその糞だ。四角いクッキーのような形をしているのだが、ウォンバットはこの糞で自分のナワバリをアピールする。四角いおかげで不安定な場所でも転がることがないのだ。なぜそんな形の糞ができるのかといえば、14日から18日と長い時間をかけて食べ物を消化するため、凝縮されて四角形になると言われている。

 このように、フィジカル面では非常に強いウォンバットだが、その最大の弱点は「精神的なもろさ」である。

 野生動物の多くは、かまわれるのを嫌う。動物園や家庭でペットとして飼育された場合、ストレスで体調を崩してしまうことが多々ある。

 しかし、ウォンバットは逆だ。「人にかまわれなかったことで体調を崩した」という珍しい事例のある動物である。

 ウォンバットは穏やかな性格で人間にもよくなつくことで知られており、とりわけなついた個体は飼育員について回り、遊んでほしいと懇願する様子を見ることができる。

 2011年、ウォンバットの住むオーストラリアの自然保護区がサイクロンの被害を受けて8週間の閉鎖を余儀なくされた。その時、トンカというウォンバットの様子がおかしくなり、体重が20%も減ってしまったという。

 職員が調査したところ、寂しさのあまりに「うつ病」になっていることがわかった。犬用の抗鬱剤がある通り、ペットとして馴染みの深い動物はかまってもらえないことでうつ病を発症することが知られているが、野生動物がこのパターンで発症するケースは異例だ。

 日頃、トンカは観光客から抱きしめられたり、写真撮影をしたり、人とかなりの接触を持っていた。

 もともと、トンカは交通事故で死亡した母親の育児嚢から救出されて人間に育てられてきたため、人間を本当の家族のように思っていたのだろう。テディベアと一緒に寝るほどの寂しがり屋で、飼育員と一緒にテレビを見たり、お腹をなでられるのが好きだったという。

 毎日多くの観光客に可愛がられて過ごしてきたのが、保護区の閉鎖によって接触がほとんどゼロになり、その寂しさから抑鬱状態に陥っていたのだ。

 その後、職員のハグや声かけなど懸命な看護によって一時は元気を取り戻したものの、うつ病罹患時の衰弱が尾を引いて、2016年に亡くなった。

 他にもトンカと同じように育児嚢から救出され、以来30年以上人に育てられているウォンバットのパトリックは何度も野生に戻されながらも、そのたびに他のウォンバットにいじめられて帰ってきた。パトリックは未婚のまま、2017年に32年の生涯を閉じた。

 どれだけ肉体的に強くても、それだけでは生き抜くことはできない。精神的なタフさを兼ね備えてこその「傷つかない」なのかもしれない。