残された時間はあまりない
――日本市場「侵略」を手がけてわかったこと
現在、私はLINE株式会社の執行役員として、LINE最大の売上収益源となっている広告事業の戦略部門を統括しているが、これまで日米双方のIT関連企業で、それぞれの企業の戦略的な事業や、戦略企画業務に携わってきた。
特に、この10年間は米国シリコンバレー発の企業のいわば「手先」として、日本市場の「侵略」を手がけた10年間であったと言っても過言ではない。
グーグルでは日本法人の経営企画および営業戦略企画を統括する立場で、グーグルの日本市場でのプレゼンス拡大、そして広告事業の成長に向けた戦略の策定に従事してきた。
ソフトバンクでは、アップルのiPhone(iPhone3GSからiPhone4S)とiPad(初代およびiPad2のセルラーモデル)のマーケティング・販売責任者として従事し、その後移籍したツイッターでは、日本法人の立ち上げと広告事業の責任者などを務めた。
『破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略』で論じるディスラプションを生き抜く三つの原則「人間中心で考える」「存在価値を見定める」「時空を制する」は、それぞれの企業での思考・行動原則につながるものである。
しかし、それらについて意識するようになったのは、これらのIT企業の戦略部門で働いたのち、PwCでコンサルタントとして多くの日本企業の方々と接するようになってからであった。
自分にとっては当たり前であったことが、決して当たり前ではなかったということ。そして、それが今の日本企業の閉塞感や停滞感につながっているのではないかという想い。これが、私が本書を執筆しようと思った動機である。
私自身、スティーブ・ジョブズ(アップル創業者)やマーク・ザッカーバーグ(フェイスブック創業者)のようにディスラプションを主導したわけでもないし、ディスラプションを起こすまでではなくとも、起業をするなどで莫大な富を築いたわけでもない。
恐らくほとんどの読者と同じく、平均的な家庭に生まれ、大学卒業までは日本しか知らない生活をし、普通に就職をし、そのキャリアの過程で、たまたまディスラプターと目せられる企業で働いてきた一介のサラリーマンに過ぎない。しかし、そんな私だからこそ、読者にシェアできる視点は多いのではないかと考えている。
『破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略』では、特にPart1を中心に太古の人類の歴史から印刷技術の発明、産業革命や20世紀前後の技術革新に至るまで、数多くのディスラプションの歴史とその背景について触れる。
私が本書の執筆にあたって心がけたのは、先進のディスラプターたちの事例をかいつまんで話をした上で、それを法則化して明日からの実践を促す、というような安易なハウツー本、あるいは単なる自己啓発本にはしたくないということだった。
現代は、長い生命の歴史のほんの数十億分の一、あるいは人類の歴史の数万分の一に過ぎない。そして、その歴史の中で多くのディスラプションが起こり、数多くの勝者と敗者を生んできた。今を生きる私たちは、そんな歴史の中の小さな小さな粒に過ぎない。これから起こることも、これまで起こってきた数多くの変化の一つにしか過ぎないのだ。
だから、最新の事例は何か、答えは一体何か、と先を急ぎたくなるかもしれないが、少し辛抱して読み進めて欲しい。視座を広くとった上で、先を見通す癖をつけること自体が本書の目的でもあるからだ。
私たちに残された時間はあまりない。
本書は直接的な回答を、個々の読者に与えるものではない。しかし、本書をきっかけに、企業人として、あるいは一人の個人として、次の行動に移る読者が少しでもいたならば、著者として望外の喜びである。
(この原稿は書籍『破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)