R&DよりM&Aのほうが断然効率がよい
朝倉 二宮尊徳は「道徳なき経済は罪悪であり 経済なき道徳は寝言である」と言ったそうですが、まさにそれを体現した経営方針ですね。とはいえ、現場では、MOSとMOEを両立させるには相当難しいと想像します。両立させる勘所はどこにあるのでしょうか。
小林 結局、意識作りが大事なんでしょう。グループが一体となる旗印として「KAITEKI」を打ち出し、これに集約するんだ、と。弊社が扱う製品は、トン単位の石化製品からマイクログラム単位の医薬品まで、それも素材から最終製品を含む機能商品、物流・サービスなど、ありとあらゆるものがあります。それをまとめるのは至難の業ですよ。社員が日々なりゆきで仕事をしていると、何のための事業であり、どんな会社なのかわからなくなっちゃうから、意識を集約する目標として、いいコンセプトがないかと考えて付けたのが「KAITEKI」なのです。
朝倉 たしかに、この対談のために統合レポートやインタビューなど資料を相当読み込みましたが、事業の幅が広すぎて、正直よくわからないな、と(笑)。でも、KAITEKIというコンセプトと、3つの評価軸があって、テクノロジーとサステナビリティ―を大事にしている企業と聞くと、整理されますね。
小林 そうしないと、意味のない会社になってしまう。かつて「総合~」という多角経営が揶揄された要因はその点だったと思います。でも、各テクノロジーが相互に連関していることは間違いないんだ。だから、キリでもむように単品を磨き上げる事業もありえるだろうけど、これからの時代のビジネスは、一定程度のテクノロジーや事業を塊としてもっておくと、シナジーが期待できると思う。その代表格がヘルスケアで、医薬品単品を売って終わりでなく、IoTやAIを活用してヘルスケアソリューションを提供していく。もちろん、全社的にみて不要な部分はまだまだしぼる必要があるけれども、いくつかのテーマではパッケージとして提供してビジネスチャンスをつかんでいけると僕らは信じている。
朝倉 幅広い事業を抱えた大きな組織だからこそ、テクニカルなファイナンスの機能も重要で、実際に注力されている印象もあります。
小林 事業がこれだけいろいろとあるので、四象限(次世代事業・成長事業・基盤事業・再構築事業)で管理しています。たとえば、ある事業を撤退するには、M&Aを含めて新しい事業も生み出せないと、ただ(売上規模が)減る一方で経営的にも辛いでしょう。もちろん、自前のR&D(研究開発)もやっていますし大事ですが、すごく成功確率が低いよね。
私が三菱ケミカルHDの社長だったのは2007~15年だけど、その前2年間はCTO(チーフ・テクノロジー・オフィサー)でした。「サステナビリティ」「ヘルス」「コンフォート」を企業活動の判断基準として、このどれかに当てはまらない事業はやらない、R&Dもこれら3テーマに即して10年、20年先の社会を予測したうえでバックキャストしてテーマを厳選しました。自動車用ケミカルコンポーネント、有機太陽電池、有機EL、サステイナブルリソース(生分解性植物由来樹脂)、白色LED、リチウムイオン電池材料、ヘルスケアソリューション、植物工場の研究開発に、この10年で約1200億円をつぎ込んだけど、多くはまだ事業収益につながっていない。炭素繊維も40年やって、トントンぐらい。そこそこやれているのがリチウムイオン電池材料だけで、PLに年間20~30億円寄与しているぐらい。今も当然、テーマは変化してきています。自分が研究者出身だからこそ思うのは、R&DよりM&Aのほうが断然効率が良い。経営者にとってM&Aは必須のツールだ。
現状HDの営業利益4000億円弱のうち、1000億円は旧三菱レイヨンが手掛けてきたMMA、600億円は大陽日酸、800億円は田辺三菱と、コア事業と目してきた旧三菱化学の事業の貢献は思ったほど大きくないんです。(後編へ続く)
*本対談のダイジェスト版は『週刊ダイヤモンド』9/15号第一特集「ファイナンス思考 PL脳をぶっつぶせ!」に掲載されました。