全員の幸運を感じる力がそこにある気がして

――なんだか、人生の達人の言葉を聴く思いです。たぶん、その海の匂いがするときには、たいていの人はボートを漕ぐことに疲れていて、ああ、もうちょっとだから、ちょっと休んで余裕もっていこうとかすると思うのですよ。若い人たちはゆとり欲しさに、老い始めた私たちは体力不足で。

 そこを休まず、まず大海原の真ん中へ出てしまおうと思う。そのちょっとした向こう意気が、何かをつかむのかもしれないですね。

大江 せっかちだし元々「血尿出るまでお前がやれ」が人生のモットーですから。レコーディングのときも、まず僕はみんなより1時間早くきて、30分で3曲ソロピアノを録音しちゃいました。別に早く仕上げるのが目的ではなくて、タイトロープに自分を立たせちゃうんです。そうすると大概、ものすごい集中力が出てきて思った以上のものが必ずできます。長く時間をかけても全然録音できないときもあるし、こういう波が来ているときは止まらず疾走すると必ず何かしらが生まれる。この日はロックアウトで夜の11時くらいまでにできるかできないか?だったのですが、なんとソロの後トリオで4時間で6曲、気がついたら6時にはもう1枚のアルバムが仕上がっていました。

――時間と空間とやりたいこととが、ぱちっと出会うタイミングを熟知してらっしゃる。

大江 始まる前にアリ・ホーニグが、可愛い金髪のお嬢さん二人と、お母様と弟さんを連れてスタジオ見学に来てくれた。アリはSenriとの仕事を自分の大事な家族に見せたいんだ、って素直に表現してくれるわけです。その直球が嬉しかった。なんかそういう時っていいエネルギーがそこに充満している気がして。全員の幸運を感じる力がそこにある気がして。

 ああ、このメンバー、関係者、そしてスタジオにある力をひたすら信じて、いつもやってる通りに、謙虚にひたすら、美しいものだけを信じて、それを迷わず形にして行こうって心から思えたというか。

――するするとうまくいったわけですね。

大江 するすると?そんなにうまくはいかなかったです。途中イエローカードが出た瞬間も一瞬だけありましたよ。

 今回、ダニエル・アルバというエンジニアと組んだのですが、僕が彼のボスのオスカーとやり始めたころ、彼はアシスタントだったのです。

 今回、そんな彼が初めて音を録音した。マウスをもつ手が震えていました。

 The Lookっていう曲を最初の方にやったのですが、僕のソロを何度かやろうとチャレンジしたのですがなかなかうまくいかない。 ドキュメンタリーフィルムの撮影が入っていたのでその中で僕が切れてる様子は映像に残っていますが、 このThe Lookは曲の構成がAパートもBパートもCパートも似ているんですね。何回も渾身のソロを弾くのにソロの着地がずれる。僕はどんどん自分に切れる。なんだかどうもおかしいなと思っていたら、なんと「4小節前から出ます」とエンジニアが言って出してた部分がずれてたんですね。出す場所がずれてるから着地もずれるわけです。こういうことアメリカではしょっちゅうなので、そりゃ着地できないわけだ。それがわかった時点で謎が解けた。エンジニアは謝るしコプロデューサーは申し訳なさそうにするし、でも僕的には全く問題なくて何故ずれたかの原因がわかった。それが良かった。なのでその次のテイクでソロは一発で決めました。こういう場合は100点か0点しかない。99点は存在しないんです。